第26話
雫が感じ取ったかすかな思念を頼りに、幸生たちはさらに奥へ進んでいた。
走りにくい岩場を駆け抜けながら、雫が先導している。
「この先にいます!」
ゆるいカーブを抜けるとさらに視界が開けた。
そこには、鉱石の採掘のために人工的に掘られたいくつもの横穴がある空間だった。
しかし、今はその横穴を作った人の姿はどこにもない。
天井からはつらら石が垂れ下がり、濡れた岩肌が余計にその空間を不気味なものにしている。
幸生達にほど近い横穴のひとつが、おそらく天井が崩落したのか、積み重なる岩石によって天井近くまで塞がれている。
そして――その前には血肉に飢えた、興奮状態の
横穴に追い詰められた獲物が出てくるのを待ち構えるように。
「あの中から3人の声が聞こえます!」
雫が走りながら、その横穴を指差している。
「どうしてあんなところに」
疑問は残るが、少なくとも、3人は生きている。
「とりあえず奴らを片付けるぞ」
荒川が叫ぶと同時に、幸生は最前線に躍り出た。
オドルハイエナの群れは、すでに幸生達の存在に気づいている。
新たな獲物がやってきたと、嬉々とした様子で、その腐臭漂う口元から涎を垂らしていた。
しかし、幸生はスピードを緩めることなく、群れに真正面から飛び込んでいった。
行方不明だった新人達が見つかった安堵からか、幸生の心から焦燥感は消えている。
そして、成長した自分の
幸生は左手をその獣達に向け、前線にいた5匹を同時に念動力によって動きを拘束した。
オドルハイエナは突然、自由の利かなくなった身体に戸惑い、混乱している。
その隙を見逃さず、幸生は一気に距離を詰め、腰から念動力ブレードの
次の瞬間、首筋の反対側から、ぬるりと鈍い鉛色に輝く刃が血をまといながら飛び出してきた。
深く突き刺した刃をそのまま引き下ろす。
わずかな筋繊維と皮でつながった首はバランスを保てず、自らの血の池にあっけなく崩れ落ちた。
そして、荒川は幸生が動きを止めた他の4匹を
手にしたナイフは獣の血で赤く染まっている。
雫に目をやると、1匹のオドルハイエナと対峙している。
幸生がそいつを拘束しようと左手を向けた瞬間、幸生の思念を読み取った雫は既に動き出していた。
雫はその獣に向かって、勢いそのまま飛び込み、拘束されたその哀れな獣の脳天に、持ち手の短い手斧を叩き込んだ。
一瞬、衝撃で深く沈み込んだその頭から血が滝のように噴き出している。
残りの群れは、すでに異変を感じ取っていた。
捕食者と被食者の関係が入れ替わったことを、本能から明確に感じ取っていたのだ。
怖気づいたオドルハイエナたちは尻尾を股に挟み、逃げ出そうとするが、幸生の念動力がそれを許さない。
幸生達はたった3人でその群れを瞬く間に殲滅した。
それは、はたから見れば、あまりにも一方的な暴力だった。
その獣達は決して弱いわけではない。
実際、荒川は幸生達の成長ぶりに内心舌を巻いていた。
能力や連携面だけではない、その動きは思い切りが良く、少しの危険では動じず、ためらいが無い。
その特徴は優秀なハンターであればあるほど顕著で、ある意味どこかネジが飛んでいるのだ。
「ふぅ……とりあえず、ここにいた群れは終わりましたね」
興奮した気持ちを落ち着かせながら、幸生が言った。
「そうだな、近くに他の群れもいなさそうだ。それに」荒川が入り口が塞がれた横穴を見た。
「やっぱり声はこの中から聞こえます!」
荒川が岩石で塞がれた洞窟の中へ声をかけると、横穴の奥の方からややくぐもった声が聞こえてきた。
それは確かに人が発するものだった。
『あぁ!た、助けが来たんだ!おい、助かったぞ!おーい!』
中から喜びの響きを伴う声が帰ってきた。
「幸生、この岩少しどかせられるか?」
横穴を塞ぐ積み上がった岩石を仰ぎ見ながら荒川が言った。
「これくらいの大きさならなんとか」
それに全てを取り除く必要はないだろう。半ばまで取り除けば這い出てこれるはずだ。
幸生は積み上がった岩石を崩さないように、念動力で慎重に、入り口を塞ぐ岩石をこちら側に取り除いていった。
岩石を半ばまで取り除くと、そこから這い出してきたのは、3人の男女だった。
20代後半と見られる男が2人と、そして20代前半くらいの若い女。
3人共怪我はないようだが、全身泥まみれになっており、服はあちこち裂けたり、汚れている。
話を聞くと、3人は新人講習を受けたばかりで、それもその時に出会った即席のパーティーだった。
そして、講習の後、初めてダンジョンに潜って採掘していたところ、オドルハイエナたちに襲われたらしい。
気づいた時にはすでに群れに取り囲まれ、上層へ逃げ出せずにやみくもに逃げ回っている間に、この横穴に追い詰められたということだった。
「それにしても、この崩落した岩は何があったんだ?」
「それは……そいつの能力で」
先ほど、荒川の呼びかけに応じた男が、幸生の隣にいたもう一人の男を指さした。
どうやらその男は、手のひらから分泌した汗を付着させることで、衝撃を与えると爆発する物体に変質できる能力を持っているらしい。
しかし、ダンジョン外では爆竹程度の威力しか出ないらしく、
「それで、ここまで追い詰められて、やみくもにこいつらに向かって石を投げたんですけど、それが天井に当たって想像以上に爆発して」
男が、いざという時のためにずっと握りしめていたのか、右手の小石を見やりながら答えた。
「おそらく、ダンジョン内の環境が関係しているんだろう」
荒川がその男の手のひらを見ながらいった。
だが、それが襲いくる猛獣に対するバリケードとなったのだ。
不幸中の幸いと言えるだろう。
「とにかく、無事でよかった。一度地上に戻ろう――」
「うわっ、な、なんだあいつ!」
幸生の隣に立っていたその男が急に叫んだ。
その視線の先には、幸生たち道中で見かけた
しかし、先ほどと比べて明らかに様子がおかしい。興奮したように長い触覚を何かを探すように、忙しなく動かしている。
そう、この怪虫は死肉を食らう肉食の昆虫なのだ。
幸生達の周囲にに転がるオドルハイエナの血臭に引き寄せられるように、ぴくぴくと動く触覚が獲物を探している。
幸生の隣にいる男は、突然現れたその気味の悪い生物に明らかにうろたえていた。
その様子に、荒川は「おい、落ち着け――」
次の瞬間、
その姿に焦った男は悲鳴を上げながら、石を握った手を高くかがげ、振り下ろそうとしていた。
爆発性の物質へと変化したその石を――。
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