第25話

 目黒ダンジョン。そこはダンジョン資源、特に鉱石資源が豊富で、都内でも有数の規模を誇るダンジョンである。

 浅層の生物は危険性が低く、新人のダンジョンハンターでも対処が可能であり、いまだに多くのハンターが出入りしている。


 浅層でダンジョン資源の採取依頼をこなす、ハンターは新人かもしくは戦闘に自信のない、凶悪な生物に立ち向かえないハンターたちが多い。

 だからこそ、浅層に危険生物がのさばるのは深刻な問題だった。


 幸生たちが目黒ダンジョンに到着したころ、ゲート近くに多くのダンジョンハンターがざわめきながら集まっていた。

 

 その中心に、多くのハンター達に取り囲まれている連盟の制服を着た男の職員がいた。


 「あ、荒川さん!」

 荒川に気づいた職員が、人込みを押しのけるようにして幸生たちの方へ駆け寄ってきた。

 「今回は、討伐依頼を受けてくださってありがとうございます」


 職員が大声で荒川の名を呼んだため、幸生たちの方へ注目が集まり、さらにざわつきが大きくなった。

 「え、あの人って、あの2級ハンターの荒川 迅あらかわ じんじゃないか?」

 「嘘でしょ、元ハンタースのひとだよね?」


 幸生が荒川の顔を見ると得意げな顔をしていた。

 幸生は最近までダンジョンハンターたちのことをあまり知らなかったから、改めて荒川の認知度の高さを知り素直に感心していた。

 自分が教えをこう師匠として誇らしい気持ちにな――


 「たしか何年か前に未成年のアイドルに手を出したのがばれてクビになったんだったか?」


 「…………」


 「そんな理由で辞めたんですか!?てっきり……俺は一匹狼のフリーのハンターとしてやっていくんだみたいな、そんな感じだと思ってましたよ」

 誇らしい気持ちを一瞬にして壊されてしまった幸生はあきれたように言った。


 「違うわ!それに、あれは完全にハニートラップにはめられたんだ!」


 「あ、あの」

 職員が気まずそうにしている。


 「ああ、すまん。それで、なんだこの騒ぎは」


 「それが――」


 職員の話によると、浅層で中層の危険生物が目撃されたため、渋谷ダンジョン事件のこともあり、討伐されるまでは、ハンターたちが入るのを一時止めていたところ、それに不満を持った新人ハンター達がまだか、まだかと騒いでいたのだ。


 新人ハンター達にとってダンジョン資源の採取は貴重な収入源だ。それが出来ないとなると死活問題だった。


 「それと……実は目撃情報が出たのが、昨日の夕方ごろだったのですが、実は昨日の朝から戻っていない、無所属の新人ハンターの3人組がいるんです」

 職員がうろたえるようにつづけた。


 「そ、それなら早く向かわないと……」

 幸生が焦るように言った。


 「そうだな……そいつらが最後に目撃された場所が分かれば教えてくれるか」

 荒川は、職員の話を聞きながら、最悪の事態を想定していた。

 渋谷ダンジョンに現れた例のヤツでなくとも、中層の生物は新人にとっては十分すぎるほどに危険だった。

 ましてや無所属の新人とあってはダンジョン内で良く抜くための知識や経験、装備も整っていないだろう。

 それに、全ての覚醒者が幸生のように恵まれた能力を持っているわけでも、雫のように高い身体能力を有しているわけではないのだ。



 「それじゃ、行くとしますか」

 話を聞き終えた荒川は幸生と雫に呼びかけた。



 ◇



 目黒ダンジョン、その浅層は鉱山洞窟のような環境で、巨大な空洞が広がっており、そこでは今でも多くの鉱石資源が産出された。


 一方で、中層以深では熱帯雨林のようなフィールドが広がり、生物由来の素材がよく取れるダンジョンだった。


 しかし、今はそのような余裕はない。

 幸生たちは、取り残された新人ハンターが向かっていたであろう、最も採掘量が多い5階層へと続く坑道のような細い洞窟を走っていた。


 「おい、幸生!そんなに焦るな。今のところ目撃されたのは血臭鬣犬オドルハイエナだけだ」


 「わかってます――!」

 そう答えたが、それでも走る速度を落とすことはなかった。

 幸生の脳裏にはあの時の光景が浮かんでいた。

 今でも、心のどこかに臆病な自分がいるのは事実だ。

 それでも、二度とあんな光景を目にしたくない。誰かをあのような目に合わせたくない――そんな思いが幸生を突き動かしていた。


 ようやく長い5階層へと続く狭い坑道のような洞窟を抜けた。

 「雫!反応は?」


 ダンジョンに入ってから、雫は常に能力を開放していた。

 かすかな人の思念、それはほとんどノイズのようなものかもしれないが、今ではかなりの広範囲から拾うことができるはずだ。


 「今のところ、なにも感じません――」


 「!?」

 何かの気配に気づいた荒川が、右手を広げ、幸生たちを押しとどめながら、前方にある大きな岩の方を見ている。



 岩の背後から現れたのは――全長1メートルは裕に超える、黒光りする昆虫だった。背中には毒々しい黄色のまだら模様がある。

 長い触覚を獲物を探すようピクピクと動かしながら、のそのそと歩いている。


 あまりの気味悪さに幸生と雫はとっさに構えた。


 「おい……やめろ、こいつは毒屁虫ベミニスだ。こちらから手を出さない限りは襲ってこない」


 荒川の言葉通り、そいつはのそのそと幸生たちには目もくれず、素通りしていった。


 荒川が小さく息を吐いた。

 「いいか、あいつには絶対に手を出すなよ。攻撃を受けるとあいつは尻から高温の毒ガスを撒き散らすんだ」


 荒川の言葉を聞いて、なぜか雫は自分の尻を押さえている。


 「あいつも本来は、中層以深に生息しているはずだが……」


 「!?」

 雫が急にびくっとしたように肩を震わせた。


 「今、あっちの方角から何か聞こえたきが……」


 雫が指差したのは、さらにダンジョンの奥へ向かう方角だった。

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