第24話

 「さて、それじゃあ訓練の成果を報告してくれ」


 幸生たちが訓練という名の修行を始めてから1週間が経過した。

 場所は相も変わらず奥多摩ダンジョン。


 「はい!」

 雫が気合十分といった感じで手を挙げた。


 「それでは、雫くんから」


 「私は思念伝達テレパシーの伝達範囲がだいぶ広がりました。あと指向性はとりあえず、先輩に対しては完璧です。今でも他は遮断して先輩の考えてることならなんでもわかります!他の人だとどうしてもノイズが混じってしまうんですけど」


 雫は幸生の思念のみを読み取るチャネルと、範囲内にいる人々の思念を無差別に読み取る全体チャネルを切り替えることができるようになっていた。


 「おれ、嫌なんだけど」

 幸生が顔をしかめて言った。正直もう慣れてしまい、恥も外聞もないのだが、やはり自分の思考が筒抜けなのは落ち着かない。まぁ、雫も常に読み取ったりはしていないだろうが。


 「大丈夫ですよ……先輩の性癖は墓場まで持っていきますから」


 「お前……」


 「それと実はですね、もうひとつあるんです」

 雫はそう言うと、荒川の方を向いて少し腰を落とすと、急に眉を寄せ険しい顔をして、むむむと唸りながら力み始めた。


 「な、なんだよ。漏れそうなのか?それならあっちの茂みで――」

 荒川が慌てたように言った。


 「う、ちょっと黙って!!」

 雫は顔を真っ赤にして怒ったように叫ぶと、隣で笑う幸生をキッと睨みつけた。


 気を取り直して雫がもう一度、荒川の方を向いて、集中するように目を瞑った。すると――

 

 『や…………たい』


 「うぉおお、な、なんだこれ」

 荒川の頭の中に酷いノイズを伴った声が響いた。

 それはまるで脳内に突然、異物を注ぎ込まれるような感覚で、あまり気持ちの良いものではなく、うなじのあたりに鳥肌が立った。


 「これは、もしかしてお前……」

 荒川が驚いて目を見開いた。そうだ、これは雫の声だ。

 しかし、何を伝えたいのだ?


 『やき……く……たい!』


 「おぉ、なんだ!?あともうひと踏ん張りだ!」


 『やき……く…たべたい!』

 雫の顔は力み過ぎて、既に真っ赤だ。


 荒川の顔がハッと何かに気づいた表情に変わる。

 「焼き肉食べたい!!」


 「せ、正解っ!!」

 雫ははぁはぁと肩で息をして、その場に力尽きたようにしゃがみ込んだ。


 「すごいな……確かにすごい。だが、今のままではまるで使えんな。お前にも相当の負担がかかってる」


 「あと、俺にはあまり使わないでくれ。幸生で練習しろ」


 「…………」

 雫がしゅんとして、私はいつもその気持ち悪さに耐えているのにと、ぶつくさ文句を言っている。


 それにしても、雫も厄介な能力を得たものだった。

 自分に向けられるオブラートにも包まれていない不躾な思念。

 自分に向けられているものでなかったとしても、人は、たとえそれが本心からのものでなくとも、嫉妬や憎悪など、そういった負の感情に陥りがちだ。

 そんな感情を、能力ちからを抑えてないと脳内に注ぎ込まれるのは、精神的に堪えるものがある。


 「ま、努力は認めよう。それにお前は身体能力と格闘センスもいいしな」

 

 「で……お前はどうなんだ、幸生」


 「おれは一応、雫10人分くらいの重さなら結構余裕を持って浮かせられるようになりました」


 「私10人分って、何キロ換算なんですか?」

 雫がジロリと怖い顔で幸生を見た。


 「え、いや、あの、あれだよ。500キロくらい……かな?」


 「…………」

 正確に言えばもう少しあるが、雫はなんだか腹が立った。


 「で、複数の物体への干渉は?」


 「見てくださいよ」

 幸生は待ってましたとばかりに自信げに言った。


 そして、2人から少し離れたところへ歩いて行くと、おもむろに両手を上げ、前へ広げる。


 「ふぅ〜……」幸生が深く息を吐き出すと、周囲にあった大小様々な岩石がいっせいにカタカタと振動し始めた。


 初めは大きい岩石から、やがてそれは、小さな粗粒砂に至るまで、まるで周囲に伝播していくように。

 

 そして、幸生がもう一度深く息を吐くのに合わせて、一斉にふわりと浮き上がった。


 幸生が険しい顔をしながら額に汗を滲ませている。


 「おお…………」

 さすがの荒川もこれには驚いた。幸生の能力は物体への干渉。それは数が多ければ多いほど制御は難しいはずだ。

 

 幸生がまた、疲れたように息を吐き出すと、まるで糸でも切れたかのように大小様々な岩石が地面へと落下した。


 「なるほどな。しかし、これはかなり使える能力になったな。何かコツを掴んだのか」

 荒川は満足そうに言った。幸生の能力の有用性は、荒川も認めるところであった。


 「まだ自由自在に動かせるわけではないですけど。物体を個々に意識すると言うよりは……全体像で捉えるというか、全体的に干渉するというか、なんといいますか……」

 幸生もまだ漠然とした感覚で使っていたから、言葉でうまく説明できなかった。

 しかし、この感覚を完璧に掴みさえすれば、もっと色々と応用できそうであると感じていた。


 「なるほどな。イメージは人それぞれだ。それでうまく出来るんだったら問題ない。イメージ、感情、そして意志の強さがお前の能力ちからの礎だ」


 幸生は大きく頷いた。

 


 「そうだな……ま、いいだろう。ふたりとも調査への同行は許可してやるよ」

 

 荒川の言葉に、幸生と雫は嬉しそうに目を見合わせる。


 「で、早速だが、目黒ダンジョンに行くぞ。昨日の夕方、中層の危険生物が浅層で目撃されて、討伐依頼が出ている。あの時の渋谷ダンジョンと同じ状況だ。何か手がかりがあるかもしれない」


 「焼き肉はそれが終わるまでお預けだ」

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