第21話

 あれから2日後、幸生たちは再び奥多摩ダンジョンに来ていた。

 あの事件の調査を進める前に、幸生と雫、2人とも、ダンジョン生物、そして覚醒者との戦いを想定した訓練を行うことになったのだ。


 その訓練で荒川が求める基準を満たした場合にのみ、調査への同行を許可する、それが荒川が出した条件だった。

 幸生は雫がついてくることに猛反対したが、頑としてきかなかった。


 幸生はこの2日間、疲れ果てた体を休めるよう泥のように眠った。

 伸び放題だった髭を剃り、風呂にも入った。

 くしゃっとした黒髪は……相も変わらず、後ろの方が少しはねているが、それでも――


 それでも、鉛のように重くのしかかっていた不安や焦燥が、嘘みたいに消えていた。

 

 「早速だが、まずはお前たちの能力について詳しく説明してもらおうか」

 荒川は腕を組み、木にもたれかかりながら、さも面倒くさそうに言った。

 しかしその目つきは鋭く、人を見透かすような目で幸生を見据えている。


 「おれの能力は……念動力なんですけど、無理して使うと……鼻血が出ます。あと今はなぜか能力を制御できません」その鋭い視線にやや気後れしながら、幸生が自信なげに答えた。


 「え!?制御できないってどう言うことですか?」


 驚く雫に、荒川は、まぁそれはいいから次はお前の話をしろ、と言って先を促す。


 「えっと、私は、思念伝達テレパシーのような能力です。でも対象を選べるというわけではないですし、一方通行で、自分の思考を共有することもできません。なんというか抑えておかないと常時発動して、半径10mくらいにいる人の声が少しノイズが入ったように聞こえてくる感じです。家族みたいに近しい人はより鮮明に聞こえますね」


 「なので普段は抑えてるんですが、気が抜けたりすると――」

 だから雫はあの時、思いがけず荒川の声を聞いた訳であった。


 「なるほどな。雫はまぁ良いとして。問題はおまえだ、幸生」

 荒川がびしっと勢い良く幸生に人差し指を向ける。


 あまりの勢いに幸生はビクッと肩を震わせる。


 「お前は、自分の能力をこれっぽっちも分かっちゃいない。知ろうとする努力も足りない。大雑把だし。お前あれだろ、O型だろ。昨日行ったお前の部屋の有り様、そして未払いの請求書の束をみて俺は確信した」

 荒川が苛立たしげに言う。


 後半は今関係のない事だし、完全に偏見だが、言い返せない幸生はどんどんと小さくなっていく。

 何より、幸生は大雑把で面倒なことが大嫌いだったし、それにO型だった。


 昨日幸生の回復を祝って、と言うのは建前で実際は、幸生は2人にたかられただけだったが、3人で飲みに行った結果、飲んだくれた荒川を部屋に泊めたのだ。それだのに、急に部屋が汚いとか言って騒ぎ始め、難癖をつけられたのだ。


 「師匠!わたしはA型です!」

 雫が誇らしげに言う。


 「よろしい、俺もA型だ」


 (くそっ、この髭おやじ、その薄汚れたコートはなんだ。少しは自分の身だしなみを正してから言えってんだ)


 幸生のその思念を読み取った雫は、それをそのまま荒川に伝えた。


 「お前、これはなぁ――」と言って荒川はその薄汚れたコートに手をやってギロリと幸生を睨みつけた。


 「おい!雫、卑怯だぞ、俺の思考を読むのはやめろ!頼むからやめてくれ!」


 荒川は、はぁと大きくため息をつくと、幸生を見据えた。

 「とにかく、お前は自分の能力で何ができるのか、どこが限界か、それを良く把握しろ。それからその限界を広げる訓練だ。お前の能力は確かに有用だろうが、それだけではハンターとしてやってはいけない」

 

 「それと、能力の制御についてだが、2日前から能力は使ってみたのか?」


 「いえ、使ってないですけど」

 幸生は首を振った。

 

 「今、試しに使ってみろ」

 荒川が近くに落ちていた小石を指した。


 幸生は恐る恐る、掌を前に出して、意識を集中させた。少し緊張しながらも小石を浮かせる明確なイメージを思い浮かべる。


 すると小石はふわりと浮き上がり、幸生の手のひらの動きに合わせてゆらゆらと移動する。


 「――あれ!?」

 幸生は思わず声を上げた。

 あれほど何度試してもできなかった事が、あっさりと成功したのだ。

 小石がイメージの通りに手のひらに吸い付くように動いている。


 「良いか。これは多くの覚醒者に言える事だが、お前の持つ力は特に、お前の感情や精神状態に大きく左右される。そして明確なイメージが必要不可欠だ。お前が能力をコントロールできなかったのは、不安定だった精神状態のせいだろう」

 

 荒川はフンと鼻を鳴らすと、

 「要するにあれだ、お前はいついかなる時も冷静沈着、そんなクールガイになれってことだ。俺みたいに」


 最後の部分は納得できなかったが、幸生は得心がいった。

 要するに幸生が能力を安定させるためには、感情に流されず、常に冷静である必要があるらしい。

 しかしそれは、言うは易し行うは難しと言うものだろう。

 死や恐怖を目前にした時、人は誰しも動揺せずにはいられないものだ。


 二日前までの幸生ならば、そう言って諦めていたかもしれないが、しかし、今は不思議とできるような気がしていた。

 どうして、なぜ能力を制御できない、そんな自問自答の落とし穴からようやく抜け出すことができたのだ。


 幸生はグッと手のひらを握りしめた。


 「次に、その限界を広げる訓練だが、俺たちが覚醒したこの能力だが、その発動には往々にして、その反動であったり、制約、条件がつきまとう。能力が強力なほどにそれは顕著に現れる訳だが――」


 「お前の場合は……」


 「……は、鼻血ですか」


 「……そうだな」


 「なんか……先輩ぽいですね」


 「っ――!」

 幸生は悔しそうに手を握りしめる。

(くそっ、なんて滑稽なんだ。反動とか制約だとか言うなら、何か他にもっとあただろうに)


 荒川は幸生を見て、まぁ気にすんなよ、と言ってポンと肩を叩いた。

「とりあえず、お前は鼻血を出し続けて限界を広げる訓練だな。覚醒者なんだからちょっとぐらい無理しても大丈夫だ」

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