第20話
「「え!?」」
動揺したその男と幸生、2人の驚いた声が重なった。
「これ、見てください」
そう言って雫が首元から引き出したのは、チェーンのついたダンジョンハンターのライセンス証だった。
それを引き止めた男に掲げるようにして見せた。
「……覚醒者ってどう言うことだよ。 それになんで、ライセンスまで……」
幸生は混乱した様子で、雫の顔とライセンスを交互に見ている。
「覚醒者なのは……黙っててすみません」
「でも、ライセンスは最近取ったんです。 先輩が急にいなくなって……もしかしたらダンジョンに潜ってるかもって思って」
雫が非難するような目で幸生のことを見てくる。
「ご、ごめん……」
「だとしてもだ。 覚醒者つったって、なぜ俺がそいつを助けたって……お前、まさか」
その男の顔が、急に何かを思いついたようにハッとした表情になる。
「それは……私の能力が、その……テレパシーのような能力だからです。それで、あなたの声が聞こえて」
雫は少し言い淀んだあと、意を決したように話し始めた。
「と言っても、私が聞けるのは、思考や感情の一部だけです……それでも、あなたは」
雫は幸生の顔を見た後、再び視線を落とし、男の方に向き直り頭を下げた。
「ありがとうございます。この人を……助けてくれて」
「まじかよ……」その男は白髪の少し混じった頭をガシガシと掻きながら、ばつが悪そうな顔をしている。
「すみません、盗み聞きするつもりはなかったんですけど」
「分かった……分かったよ。認めるよ。俺がこいつを助けた」
男はお手上げだと言わんばかりに両手を上げた。
「あ……ありがとうございます!」
幸生はあまりに突然な雫の告白、そして目の前にいる男が自分の命の恩人だという状況をうまく飲み込めずにいたが、とりあえず礼だけは言わねばと思ったのか、勢いよく頭をさげた。
「……別に、偶然お前が倒れてるのを見つけたんだ。それに、ここで会ったのもたまたまだ。そしたらせっかく助けたやつが死にかけてるから、声かけてやっただけだよ」
男がぶっきらぼうに答える。
「あ……その、さっきはすみませんでした。 えっと……お名前は」
幸生はつい先ほど、この男に取った酷い態度を思い出し、気まずそうな顔をしながら男の名を尋ねた。
「ああ……別に気にしてねぇよ。俺は荒川、今はフリーのハンターやってる」
男がぞんざいに右手を振りながら答える。
「今は……以前は、どこかの事務所に所属していたんですか?」
雫が興味津々といった様子で聞いた。
「……ハンタースにな。まぁ、もう3年も前の話だ」
「ハンタースの……荒川って、もしかしてあの
「え……知ってるのか? 俺のこと」
荒川は驚いたように目を丸くする。
幸生は「な、なに、そんなにすごい人なの?」と小声で言って雫の方を見る。
雫は呆れたようにため息をつくと、説明を始めた。
「すごいも何も、2級ハンターで、しかも当時ニュースで、すっごい取り上げられていたんですよ!」
雫が興奮した様子で幸生に説明する。
「ま、まぁな」
荒川が照れ臭そうに鼻の下を擦った。
「主にスキャンダルで」
「「…………」」
「……じゃ、俺はやることあるから。よかったな、会えて。あとはよろしくやってくれ。じゃあな」
「ちょ、ちょっと待ってください。やることって、あの事件の調査ですよね?」拗ねたようにそっぽを向いて立ち去ろうとする荒川に、慌てて雫が呼び止める。
「お前、また能力使って――」
荒川が頬をひくつかせながら苦々しい表情で振り返る。
「使ってません」
「鎌かけやがったか、こいつ」荒川がさらに頬をひくつかせる。
「そ、そうなんですか? あの事件について調べてるんですか? 何か知っているんですか?」
幸生が食い気味に聞く。
しかし、荒川は口をつぐんだまま答えようとしない。
「む、無茶なお願いだっていうのは分かってるんですが……一緒に調べさせてもらえませんか? お願いします!」そんな荒川に幸生は頭を下げ、幸生は覚悟を決めたように話し始めた。
幸生にはあの時の化け物が、連盟が発表したダンジョンの危険生物ではなく、同じ人間、それも覚醒者だと考えていた。
目が覚めてからずっとその考えが頭から離れなかった。
あの化け物と対峙した時に感じた恐怖、絶望感はとうてい同じ人間から感じるものではなかったのだが。
しかし、思い出せば思い出すほどに、その考えが現実味を増していく。当時は動転していたから信じられなかったが、確かにあの化け物は人語を話していた。そしてほとばしる赤い血、そして……そして雛乃の最後の言葉。
幸生の言葉を聞いた荒川は、しばし黙ったままだったが、やがて諦めたようにため息をつくと
「……俺は、まぁお前の言う通りその事件について調べている。旧友からの依頼でな。そいつも同じことを言ってたが、十中八九、覚醒者によるものだろうな」と言った。
荒川が、ゆっくりと口を開く。
「だが、お前がこの件に首を突っ込んだとしても、今度こそ――」
「それでもっ……それでもお願いします!」
幸生は必死の形相で荒川を見つめた。
幸生は引き下がれなかった。これから、ハンターとして生きていく上で、もしくは元の生活に戻るという道があったとしても、あの日の事から自分を引き離して生きていくことは出来ないと思っていた。
それは、雛乃たちへの死に責任を感じる幸生の
あるいは、自分の心を安定させるための自己満足で、身勝手な考えなのかもしれない。
いずれにしても幸生は、あの日のことを忘れて、のうのうと生きていけいけるような、そんな人間ではなかった。
荒川は必死に訴えかけてくる幸生の目を見て、ふぅと小さく息を吐く。
幸生の瞳には、決意の光が宿っていた。
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