第16話

 会議が終わり、皆が会議室を出て行った後、ハンタース事務所代表の猪村はまだ会議室にいた。


 「はぁ……」

 猪村は、ハンター連盟のロゴがあしらわれた椅子に、深く腰掛けるとため息をついた。


 「志月しづきよ、お前ほどのハンターがなぜ……いや、まさかな」

 猪村は自分の考えを振り払うかのように頭を振る。


 「何がです?」

 誰もいないはずの部屋で声をかけられ、驚きながら振り返るとそこにはそよぎが立っていた。


 「……梵か、驚かすな。ノックくらいしてくれ」


 「すみません、ドアが開いていましたので」

 梵が申し訳なさそうに謝る。

 

 「それで、どうした。何か用か?」


 「……ええ、少し話がしたくて」

 梵が後ろ手にドアを閉めながら、会議室に入り、猪村の隣の席に座った。


 「それで、話とは?」


 「ええ、今回の件について……さきほどはあえて強調しませんでしたが、私にはどうしても、この惨殺が覚醒者によるものとしか思えません」


 「…………」

 猪村は目を瞑り腕を組んだ。

 「しかし……断定をするのはまだ早い」


 「私が懸念しているのは、この事件が、昨年問題になった関西地域での新人狩り、そして今年に入って関東地域で増加しているハンターの行方不明者の件が関連していた場合です」


 「君は……多田羅たたらを疑っているのか?」

 猪村は組んでいた腕を解き、机の上で手を組み直しながら尋ねた。


 「ええ……あくまで噂ですが、新人狩りの裏には多田羅さんが代表を務める九頭連合くずれんごうが関わっていたという話は猪村さんもご存知のはず。それに、彼らが拠点を関西から東京に移してきた時期と、関東地域のハンターの行方不明者数が増加した時期が一致しています」梵が真剣な表情で言う。


 「特に……私たちの事務所と、今回の件もそうですが、猪村さんのハンタース事務所のハンター達も多く被害に遭っているかと」


 「確かにそうだが……では、君はこう言いたいのか? 多田羅が勢力を拡大しようと、他のハンター事務所に攻撃を仕掛けてきていると」


 「ええ、私は多田羅さんの動きが不穏すぎると思っています。しかし、私が真に懸念しているのは、彼と……そして私たちハンターを目の敵にしている活動団体、”黄泉の国”との関わりです」


 「確かに彼の両親は信者だったが、彼自身は黄泉の国との関わりは無いと、君も同席した彼の2級ハンターへの昇格面接で、そう宣誓したはずだ。それも、うちの釘光の前でね。あいつの前で嘘は通じない。それは君も知っているだろう」猪村は諭すように言った。


 「ええ、その事はわかっています。しかし、私にはその不安がどうしても拭えないのです。それを……唯一信頼できる猪村さんには話しておこうと……」

 梵は、そう言うと眼鏡の奥にある瞳に影を落とした。


 「梵……ありがとう。頭に入れておくよ。だが、私にもまだわからないことが多い。今は、調査を続けよう」

 猪村がそう言って、滅多に見せない顔で少し微笑むと、梵は礼を言って会議室から出て行った。

 

 「ふぅ、厄介なことになった……こんな時に、あいつさえいてくれれば」

 猪村は部屋から出ていく梵を見送ると、深く息を吐きながら、かつて共に、幾度もダンジョンへ潜った旧友のことを思い浮かべていた。

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