第2章

第15話

 8月某日、東京の日中気温は40度を超える猛暑を記録した。ジリジリと照りつける日差しがアスファルトを熱し、陽炎が立ち上る。


 そんな暑い夏のある日、東京都霞ヶ関にある日本ダンジョンハンター連盟本部の第2会議室に、日本のダンジョンハンター界を代表する面々が顔をそろえていた。

 しかし、皆一様に難しい顔をして黙り込んでいる。


 「まさか……ここまで酷いとは」

 初老にさしかかろうという男が呟く。

 その声に他の面々も一斉にため息をつき、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


 「調査を依頼したハンター事務所の連中は何をやっとるんだっ! 一体いくら払ったと思っとる!」

 でっぷりと太った50代半ばくらいの男が額に汗を滲ませながら大きな声で怒鳴り散らす。


 「仕方ないでしょう、田島議員。私どももあんた達の指示で日本各地の、それに最近発見された軽井沢などの未踏派ダンジョンに大勢のハンターを動員していたんです。それも9月にある国際会議で日本の優位を得るためどうしてもという、あなた方の無茶な要請でね」


 田島と呼ばれた太った男は額の汗を拭き、発言した男を睨みつけながらも押し黙った。


 「それに、今回の渋谷ダンジョンの事故で失ったのは私どもの事務所のハンターです」

 異様に鋭い眼光をしたその男は、田島を睨み返しながらそう言った。

 田島はその目に気圧され、「うぅむ」と言いながら目を逸らす。


 「あほくさっ、意味ない責任の押し付け合いしてんねやったら帰らせてもらうで」

 狐のような顔つきをした関西弁を話す男は、呆れたように言い放つと立ち上がって出て行こうとした。


 「まぁまぁ多田羅たたらさん、猪村いむらさんも一旦落ち着きましょう?」

 眼鏡をかけた細身の女が落ち着いた様子で場をとりなす。


 「多田羅さん?」

 その女は柔和な笑みを浮かべながら、しかし有無を言わせぬ様子で、部屋を出て行こうとしていた男に話しかけた。


 「ふんっ、こん中で一番えぐい能力持っとるお前に言われたら敵わんわ」

 多田羅と呼ばれた男が椅子に深く座り直した。


 「それに……猪村さんもまだ言ってないことがありますよね?」


 「……ああ。実は調査に送ったうちの事務所の者達の報告を見たが、現場に放置されていた死体は、今回の討伐対象だったオドルハイエナとは思えない。そもそもオドルハイエナ如きにやられる志月ではない。これがその写真だ……」

 猪村は惨殺されたハンターたちの現場写真をテーブルに置いた。


 「うっ、なんだねこれは」

 田島が吐き気を催したようにうめき、その写真から目を逸らした。


 「これは……鋭い鉤爪を持った大型生物に襲われたか――」


 「覚醒した人間か……やろなぁ。やろ? そよぎ

 眼鏡の女の言葉を引き取る形で多田羅が続ける。


 「ええ、その可能性もあります。渋谷ダンジョンにそのような生物は確認されておりませんし」

 他の面々も、梵のその言葉に緊張の色を見せた。


 「ああ、私もその可能性を考えはしたが、しかしこのような殺し方ができるハンターを私は知らない」

 猪村が険しい顔をしながら言った。


 「て、なると新種の化け物か、未登録の覚醒者か」


 「し、しかし、未登録の覚醒者だとして、なぜこんなことをする!? 理由はなんだっ!」

 田島が泡を食ったように叫ぶ。


 「はっ、人間がこれまでどれだけ同胞を殺してきたか知っとるやろ。自分の快楽のため、自分らの力を誇示するため、ましてやそういう奴らが覚醒して力を得たとしたらなおさらや」

 多田羅は冷たく言い放った。


 「いずれにしろ、犯行が覚醒者によるものである可能性はくれぐれも外部に漏れぬよう、調査を行うように」

 初めに口を開いた初老の男が猪村を見ながら言った。


 「なぜです!? 失礼ですが理事長、その可能性も含めて一刻も早く事件の詳細を公表すべきです!」

 猪村が初老の男に食ってかかる。


 「……もし公表したとして、ハンター界はもとより、経済界の大混乱は免れないだろう。ダンジョンへ潜るハンターは減り、今やなくてはならないダンジョン資源の供給量が減少すれば、日本経済の損失は計り知れない」


 「しかし――!」


 「それとも何かね、君のとこが損失を立て替えるとでもいうのかね……とにかく、この件の調査はでき得る限り内密に進めるように」

 初老の男は熱くなる猪村に冷ややかな視線を送り、この話は終わりだと言わんばかりに手を振った。


 (この狸ジジイ……ここにきてまだ自分の保身の方が大事か)


 「そういえば猪村さん、1人一命を取り留めたハンターがいたと耳にしましたが。確か窪田さんという最近、念動力に覚醒したハンターでしたか?」

 さらに白熱しそうになる場に、話を変えようと、梵がかけた眼鏡を指で軽く押し上げながら尋ねる。


 「……ああ、志月が推薦してきたので同行を許可した。今回は彼のトライアルも兼ねていた。だが、彼も重体でまだ目を覚ましてない」

 猪村は怒りに震えながらも、その感情をなんとか抑え込み答えた。


 「無所属で、今回たまたま同行して、唯一生き残ったって怪しすぎやろ。目さまさんのやったら叩き起こしてはよ詰めんかい」

 多田羅が眉間にシワを寄せながら吐き捨てるように言う。


 「彼の病院には現場を調査した釘光くぎみつと……前田を向かわせた」


 「お前、釘光はわかるけど、前田に行かしたんか。えぐいことするな」

 多田羅は驚いたようにいった。


 「前田が……それを望んだんだ」

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