第13話
その後もダンジョンに潜り続けて、1週間が経った頃、幸生のスマホに一通のメッセージが届いていた。相手はなんと、あの志月雛乃だった。
もしかしてデートのお誘いか、なんて期待していたのだが、どうやら違ったらしい。そこにはあのハンタース事務所からの正式な仕事の依頼ということで、同事務所のハンターたちとパーティを組んでダンジョン内のオドルハイエナ討伐依頼だった。
なんでもハンタース事務所の上位ハンターたちのほとんどは各地の未踏派ダンジョンやら、最近発見された軽井沢ダンジョンの攻略などで出払っており、人手不足とのことで、幸生のことを知っていた雛乃の推薦で白羽の矢が立ったのだそうだ。
電話で雫に相談してみると「それってもしかして、トライアルなんじゃないですか!? すごいですよ! あのハンタースですよ」と決まってもいないのに、興奮していた。
幸生も、その可能性が高いと思ったが、自分の不運さと間抜けさを知っていたため、できるだけぬか喜びしないようにした。
「まあ、俺としては願ったり叶ったりだ、また雛乃さんに会えるし」
そんなことを思いながら、軽い気持ちで幸生は依頼を受けた。
◇
翌日、幸生は新人講習でいった渋谷ダンジョンにきていた。
なんでも、あれから浅層に大量のオドルハイエナの群れが発生しているらしい。
新人ハンターたちにも少なくない被害が出ているらしく、喫緊で対応しなければならない事案だった。
当日この依頼のために集まったのは、幸生を含めて6名のハンター達だった。そのうち2名が女性で、残りの3名の男性陣。みな幸生より年下だった。
(何かすごい睨まれている気がする、気のせいか?)
それもそのはずだった。幸生の見た目は平凡そのもの、それに気の弱そうな雰囲気。少し垂れた目に、クシャッとしてところどころはねた髪がその印象をより強くしていた。
数持ちでないとはいえ、自分達はハンタースに所属する選ばれし者達であると自負とプライドがあったから、こんな男が、しかも憧れの雛乃の推薦で選ばれたとあって皆警戒していたのだ。
「今回私たちのパーティに参加してもらう窪田幸生さんです。窪田さんは1ヶ月ほど前に覚醒された念動力者で、最近もソロで10階層まで到達されたとか、注目のハンターさんです」
雛乃がそう紹介すると、他のハンターたちは驚いたように、しかし納得いかないというような目で幸生を見ていた。雛乃はそれに気づいていないのか、ニコニコと屈託なく笑っている。
「えーっと、今日はよろしくお願いします」
幸生は居心地悪そうに挨拶した。
「今日は、まだみなさん5級ハンター試験を受けていないとはいえ、そのレベルには達していると私が判断した人たちに来てもらいました。それに私もいますし、安心してくださいね」
「「「はい!」」」
雛乃の言葉に4人のハンターたちが元気よく返事をする。
「ひゃ、はいっ!」
遅れて、慌てて幸生も返事をしたが、噛んでしまった。
他の4人のハンター達が白い目で見てくる。
「では早速ですけど出発しましょうか? 今回はなるべく早く事態を解決するよう上から言われてるんですよね」
◇
こうして幸生のパーティを組んでの初仕事が始まった。
渋谷ダンジョンに入ってすぐのこと、幸生たちはまず遭遇したオドルハイエナの群れと交戦していた。数は30体ほどで、浅層にここまでの群れがいるのは異常だった。
「いくら何でも多すぎでしょっ! どこから湧いてんのよ!」
湊 千秋という名の女のハンターが、腕力強化による、異常な速度の手刀でオドルハイエナを屠りながらいった。
腕に嵌めた籠手に血が滴っている。
だがそれでも幸生たちは善戦していた。
幸生も念動力を駆使して獣たちの動きをとめ、他のハンター達のサポート、そして右手に持ったブレードで既に何体ものハイエナを殺しその数を確実に減らしていた。
「下の階層からもうひとつの群れが近づいています! その数およそ40!」
佐藤という男が目を瞑り、地面に側頭部をつけ、耳を澄ませながら叫ぶ。その異常に発達した聴覚で迫り来る新たな危険を察知していた。
「くそったれがッ!」
木村という大柄な男が、手に持つ巨大な槍で一閃のもとにオドルハイエナを貫いた。
いくら1匹、1匹の脅威が幸生たちにとってそこまで高くなくとも、ここまで数が多いと話が違ってくる。
「みなさん落ち着いてください! はあぁぁっ!」
雛乃が皆を落ち着かせるよう鼓舞しながら、地面にその右手を叩きつけた。その瞬間、彼女の周りにいたオドルハイエナたちが地面から突如噴き上がった水柱に飲み込まれていった。高く打ち上げられたその獣たちは地上に落ちてきた時には既に絶命していた。
「凄い……」
幸生は思わず感嘆の声を漏らす。雛乃は水を操るその能力で迫り来る脅威をものともせず、戦っている。幸生は3級ハンターとの力の差を思い知らされた。
「今のうちに!」
雛乃の力を目の当たりにし、自信と落ち着きを取り戻した幸生たちは、その後も増え続ける獣達を屠り続けた。
その後、30分は経っただろうか。ようやく数匹にまで減ったオドルハイエナが下層の方へと逃げ帰っていくのが見えた。
辺りにはオドルハイエナの死体とその死臭で満ちていている。
「ふぅー、ようやくひと安心か?」
「みたいね、佐藤どう?」
「…………聞こえるのはさっき逃げ帰っていった奴らの足音だけだ」
湊の問いに、佐藤が耳をすませながら答えた。
「それにしても、あんた強いのね」
「え、あ、いや、ありがとうございます」
急に湊に褒められた幸生は照れたように頬を掻いて礼を言う。
「あんたさぁ、強いんだからもっと堂々としたら?」
湊が少しイライラしたように言う。
「まぁまぁ、千秋ちゃん。みんなとりあえず一息つきましょうか」
雛乃がなだめるようにいう。
10分ほど休んでから、この階層をもう少し調査してから帰ることになった。
「それにしても幸生さん、本当に強くなりましたね。正直驚いちゃいました」
他のメンバーから少し離れたところで休んでいた幸生に雛乃が話しかけた。
「いやいや、でも、ありがとうございます」
幸生は嬉しそうに、そのクシャッと癖のついた髪を手でかきながら答えた。
「幸生さんの強さがあれば、今すぐ5級ハンター試験を受けても難なく合格できると思いますよ」
「ほんとですが、そこまで言われると、受けてみ――」
「うあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ!」
突然、木村の叫び声が響いた。
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