第9話

 「だからさぁ、いやぁ……もうほんと美人だったよ。雛乃さん」

  幸生は新人研修から帰った後、キンキンに冷えたビールを飲みながら雫に電話越しに自慢していた。


 『はいはい……それはさっき聞きましたよ。よかったですね、そんな美人さんに褒めてもらって』


 「ムフッ」

 幸生は思わずニヤけた。


 『……チッ……』


 「えっ……音地さん、今舌打ち――」


 『だいたいね、なんでさっきから下の名前で志月さんのこと呼んでるんですか? 私のことはずっと苗字で呼び捨てなのに』

 と雛乃が不機嫌そうに言ってきた。

 

 「なんでそこでお前が出てくるんだよ……じゃあ……雫?」

 普段なら絶対に呼べなかったが、幸生は酔っていた。


 『………………』


 「いや……ごめんなさい、音地さん、調子乗りました」

 返事のない雫に、幸生は慌てて謝った。


 『苗字で呼ばないでください! 下の名前で呼んでっ!』

 ――数秒の沈黙のあと、雫が口を開いた。


 「いや……別にお前が良いんだったら、名前で呼ぶけども」


 『まぁ、良いでしょう。ふんっ。それより先輩、体は大丈夫なんですか?』


 「あぁ、もう大丈夫だよ。かすり傷だったし。それになんだか前より傷の治り早い気がする。そもそも覚醒してから、体の調子がいいんだよね。全然疲れないし、よく動くんだよ」

 と幸生は興奮気味に言った。


 『覚醒者はみんなダンジョン環境に適応できるように、身体能力が向上するらしいですからね。まぁ、程度は人によって全然違うみたいですけれど。それより先輩またダンジョンに潜るんですか?』


 「あぁ、明日は連盟の依頼を受けてみようかなと思ってるよ。俺もこれからダンジョンで稼がなきゃだし」


 『簡単な採取依頼とかだったら、連盟の公式アプリからでも受けられるらしいですよ』


 「ヘぇ〜、そんな簡単に受けれるんだ」


 ダンジョン関係の依頼は様々なものがあるが、ハンター連盟が斡旋している企業からの高額依頼は信用力を担保するため、数持ちでないハンターは受けることができない。

 そこでハンター連盟は、比較的簡単な採取依頼を新人ハンターたちに提供していた。未達成ペナルティなど特に無いため、ハンターとしての経験を積むにはうってつけだった。


 雫との電話を切ると幸生は、そのまま床にゴロリと転がり、今日のダンジョンでの出来ごと、雛乃とのやりとりを思い出しニヤニヤしながら眠りについた。

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