第5話
次の日の土曜日、昼過ぎに幸生は郊外の山奥に来ていた。初夏の照りつける太陽に汗ばみながら、目的の場所へ歩いていく。
「あっちー……なんだってこんなところに」
今朝、体調を心配した雫から突然電話がかかってきて、幸生の能力を試してみようという誘いがあったのだ。昨日帰ってからまた自分の能力を試したくてたまらなかったが、また気絶するかもしれないという恐怖があったから、幸生にとってはありがたかった。
幸生は、雫に待ち合わせ場所に指定された向かっているのだが、なかなか着かない。
ミーン、ミーンとおびただしい数の蝉の声があたりに降りしきるように響いている。
「あっ!先輩!」
少し開けたところに出ると、木陰に座っていた雫が幸生に気づいて手を振っている。
雫はピチッとしたスポーツウェアを着ており、短パンからはすらっと伸びた健康的な足が見えている。幸生は雫がスーツを着ているところしか見たことがなかったから新鮮だった。それに……大きめの胸が強調されているため、少し目のやり場に困った。
(なんか……えっちだな)
「先輩、今なんか変なこと考えてません?」
雫がジロリと睨んできた。
「え、あ、いや、は? なんだよ変なことって。だいたいなんだってわざわざこんな山奥なんだ?」
話を逸らすように幸生は尋ねた。
「え、だってダンジョン外で他の人に能力を使っているところを見られるとまずいじゃないですか。ダンジョン外では5級以上のハンター以上でないと公共の場所での能力の行使は禁止されているんですよ? それに5級以上のハンターであっても緊急時だとか相応の理由がない限り使用は禁止されています」
「あ、そうだっ……け?」
覚醒者の存在が公になったころ、その能力を悪用する覚醒者たちも現れ始め、世界は大混乱に陥った。世界各地に発生したダンジョンはもとより、覚醒者を管理する体制が必要であると認識した世界各国は、世界ダンジョンハンター連盟なるものを立ち上げた。
基本的に覚醒者は連盟への申告が義務付けられ、ライセンスも同時に発行される。ライセンスを所持しない者はダンジョン外の公共の場所での能力の使用を許されず、またダンジョンに入ることも許されなかった。違反者にはライセンス取り消し及び永久再発行不可という厳罰が下り、悪質な場合は刑務所行きだった。
幸生は昨日課長に向けて能力を使ってしまったことを思い出し青ざめた。
「俺、昨日課長に使っちゃったんだけど……」
「課長次第ですかね。まぁ、大丈夫じゃないですか? 課長あの後、席でずっと呆然としてましたよ。いい気味ですっ!」
雫は笑顔で言った。どうやら彼女は意外に腹黒い性格らしい。
「そういえば、5級とかって何だっけ?」
「
「ちなみにライセンスの申請は、能力とかの個人情報を登録するだけの簡単なものみたいですけどね。だから5級ハンター試験が本当のプロへの登竜門らしいですよ」
「はえ〜、ライセンスはとりあえずできるだけ多くの人にライセンス登録という名目で、能力者の情報を連盟側で管理するためのものってことか」
幸生は、感心しながら聞いた。
「そのとおり! ちなみに大手ハンター事務所と契約している上位ハンターは年俸数十億円ってレベルらしいですよ。だから先輩もどんどんランク上げて、ウハウハな生活しましょう!」
雫は何を企んでいるのかウへへッと笑った。
幸生は苦笑しながら、そんな簡単なものじゃないだろうと言いつつ、心の中ではすぐに1級ハンターになれちゃったりして、なんて甘く考えていた。
実際のところ、毎年2回行われる5級ハンター試験の合格者は少なく、合格者を出さない回もあるほどの狭き門であったし、4級ハンター以上は相応の実績が求められるなど簡単になれるものではなかった。
「まぁそれはともかく、先輩、早速能力使ってみてください。私が見ててあげますから」と雫が腰に手を当て、胸を張っていった。
「んー、じゃあ……あれでやってみるか」
幸生は近くに転がっていた木の枝に手のひらを向けた。
――ふわっと木の枝が浮かび上がる。幸生が手のひらを左右に動かすと、木の枝も左右に動いた。
「おお!すごい……それって向こうに飛ばせたりできますか?」
雫が興奮した様子で、幸生に質問した。
「うん、できると思うけど……」
幸生は雫の勢いに押されながらも、先ほどより強く念じた。すると、木の枝が凄まじい勢いで飛んでいくと、10メートル先の木の幹にぶつかり粉々に砕けた」
「「おお……」」
二人はあまりの勢いに同時に声を上げた。
「なんか……昨日より思い通り動かせる気がする」
「慣れですかね。そういえば先輩、手を使ってますけど、手無しじゃ動かせないんですか?」
「どうだろう。なんとなくイメージしやすかったから、使ってたんだけど……ちょっとあの石で試してみるわ」
幸生は、頭の中でイメージを膨らませる。
(さっきの感覚を思い出せ……)
――カタカタと石が小刻みに動いた。
幸生はもう一度、頭の中でさっきより明確なイメージを思い浮かべる。
――石が勢いよく浮かび上がった――と同時に幸生は鼻の下に生暖かいものが垂れてくるのを感じた。
「あっ、やべっ……!」
幸生は慌てて、手で拭った。
「なるほど、手のジェスチャーなしではイメージしにくいから余分に力を使ってしまうんですね。で、むやみに力を使い過ぎると鼻血が出ると……」
ふむふむと雫が顎に手を当てながら言った。
「なんか……念動力って、もしかして諸刃の剣みたいな感じ?」
「どうなんでしょう、でも昨日より使いこなせているところを見るとそこは慣れじゃないですかね、やっぱり」
その後もいろいろ試していると、あたりが夕焼けに染まって赤くなっていた。幸生も鼻血を出しすぎて、貧血気味になっていた。
「うぅ〜、気持ち悪いぃ〜」
「今日はこの辺にしておいてやりますか」
雫がニヤリとした。
「ぐぬっ……」
幸生は悔しそうな顔をしたが、実際、これ以上続けるのは無理だった。
「さっ、帰りましょ」
「そうだな……なぁ……音地、前から思ってたんだけどさ、なんでお前ってこんなに俺のことかまってくれるの?」
歩き出した雫に向かって、幸生は疑問をぶつけてみた。
「え……いや……先輩抜けてるとこあるから、ほっとけないんですよっ!」
雫は少し慌てたように言いながらバシっと幸生の肩を叩いた。
(やばい……なんか好きになりそうだ……もっと叩いてほしい)
その後、雫の態度がよそよそしくなって幸生は少し寂しい思いをしたが、特に気にもしていなかった。
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