第4話
「落ち着け……落ち着くんだ。まだそうと決まった訳じゃない」
幸生は自分を落ち着けるために、わざと声に出して言った。
人気の無い公園にたどり着いた幸生は、まずは状況を整理しようと、さっき起きたことを思い返していた。
(課長、浮いていたよな。首を誰かに締め上げられてるみたいだった。本当に俺がやったのか?)
今思えば、昨日から不自然なことが起きていた。急に胸が苦しくなって気を失ったり、不自然にスカートが捲れたり。今もズキズキする頭痛だってそうだ。少しずつ落ち着いてくると、やはり自分は覚醒したのではないか、しかも念動力のような能力を得たのではないかという考えが頭の中を占めていった。
物は試しだと、恐る恐る幸生は近くに落ちていた小石に向かって右手を向け、心の中で「動け」と念じてみた。
すると、突然、目の前の小石がビョンと跳ね上がったのだ。
「うおっ!?」
幸生は信じられない光景を目にし、思わず声が出た。
「今度は……あの大きめの石でやってみよう。あの課長だって浮かせたんだ」
幸生は次に、少し離れた所に落ちている一番大きな石に向かって手のひらを向け、「動け」と念じた。
…………ピクピクと石が動いたが……浮かない。
と同時に幸生の鼻からボトボトと血が流れ出した。しかし、興奮している幸生はそれに気が付かない。
今度はより強く、握りしめるようなイメージで念じてみると……石の表面にヒビが入り、それが徐々に広がっていくと、やがてパキッと音を立てて割れてしまった。
「お、おおっ!?」
「やっぱり……俺は覚醒したんだっ!」
幸生は拳を強く握りしめガッツポーズをとった。
喜びも束の間、強烈な頭痛が襲ってきた。まるで頭の内側からハンマーで殴られているようだ。
あまりの痛みに、幸生はその場でうずくまった。
「ああっ……ぐうっ……うぅ……」
(こんな時に……なんだこの頭痛は……)
幸生は、そのまま意識を失ってしまった……。
◇
……プルルルル……プルルルル
意識の外で携帯の音が聞こえた。
「……んっ……っ痛てて」
痛む頭を抑えながら幸生は起き上がり、ポケットをまさぐって携帯を手に取り電話に出た。
「もしも……」
『先輩!?やっと出た!今どこですか?大丈夫ですか?」と雫が立て続けに聞いてきた。
「あ……ああ、とりあえず大丈夫。あれ……今何時?」
辺りを見回すと、既に日が暮れていた。
「何言ってるんですか、もう18時ですよ!」
幸生は愕然とした。オフィスを出たのは確か昼前だったはず。そうすると6時間公園のど真ん中で気を失っていたのだ。
「音地……あの、ちょっと助けて欲しいんだけど、デスクの下に置いてるカバン持ってきてくれない?」
「わかりました!すぐに向かいますから場所教えてください!」
幸生が場所を伝えると、すぐに向かいますと言って通話が切れた。
「やばいなぁ。これ絶対クビだよ」
オフィスを出てから連絡もせず、しかも上司に暴行を加え、気絶までしてしまったのだ。言い逃れはできないだろう。
それから待つこと5分足らずで、雫は息を切らせながら公園にやってきた。
「先輩!大丈夫ですかっ!」
心配そうな顔をしながら雫が駆け寄ってきた。
「うん……まぁなんとか」
雫は、幸生の顔をまじまじと見たまま動かない。
「……?どした?」
「先輩、誰かに殴られたんですか!?鼻血が」と言って幸生の顔を指差した。
「え?……あ、ほんとだ」
雫に言われて初めて気が付いたが、幸生の鼻の下には乾いた血がこびりついていた。
「いや、これはたぶん自分で……」
「ちょっと、じっとしてください」
雫は言いながら、ハンカチを取り出して幸生の鼻に当ててくれた。
「ちょっ、ハンカチが汚れ……」
「じっとしてくださいっ……あの……先輩もしかして覚醒したんですか」
雫は真剣な表情で、幸生の顔を覗き込みながら恐る恐る聞いた。
「あ……うん、そうみたい」
幸生は、昨日から自分の体に起きている異変、そしてさっき公園で試してみて覚醒を確信したことを正直に話した。
「すごいですね……念動力はすごく珍しい能力だったと思いますよ。でも使い過ぎると身体に負担がかかっちゃうんですかね」
雫は顎に手をやりながら、ぶつぶつと独り言のように呟いている。
「なんか詳しそうだね」
「あ……はい、私もじつはハンターになるのが夢でしたから。まぁ……結局覚醒しないままですけどね」
「そうだったんだ。あのさ……俺、ダンジョンハンターに転職しようかな。正直もうどんな顔して働けばいいか分かんないし」
「転職ですか……うーん、まぁ覚醒したら普通はそうですよね。先輩がいなくなっちゃうの寂しですけど。それに課長のサンドバック役がいなくなっちゃうし」
「サンドバックって、おい」
「ふふっ。冗談ですよ。それより、本当に転職するなら私が色々サポートしますから。私結構詳しいので」
「ありがとう。助かるよ」
「いえ。……それより、今日はもう帰って休んだ方がいいですよ」
「そうするよ」
確かに、幸生は昨日から続いている体の異変と今日の出来事のせいで肉体的にも精神的もふらふらだった。
こうして二人は、それぞれ家路についた……。
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