第6話

 翌週の月曜日に幸生は退職届を出した。

 

 意外にも課長は何も言わなかった。幸生はまたネチネチと言われるかと思ったのだが、先週のアレが大分効いていたようだった。幸生が退職届を出しにデスクまで行くと、課長はあからさまにビクッと体を震わせ、何も言わずに受け取った。


 また幸生にとってもラッキーなことに、残っていた有給40日を消化することを認められたため、会社に行かなくて済んだのだ。まぁもちろん、雫たちには最低限の引き継ぎはするつもりであったが。


 幸生は引き継ぎを済ませた次の週に、早速ライセンス登録のため、東京都霞ヶ関にある日本ダンジョンハンター連盟本部、通称JDUに来ていた。幸生は受付の女性に声をかけた。

 

 登録自体は簡単に済んだが、ライセンスカードの発行まで1時間かかるとかで、その間、申請者は別室で簡単な講習を受け、最後に連盟が主催する新人ハンター向けの講習日程表を渡された。新人ハンターの不慮の事故が多発しているとかで、講習に参加することを強く進められた。


 出来上がったカードはプラスチックのカードでICチップが埋め込まれているらしい。免許証のみたいななんの変哲もないカードだった。しかし幸生は帰りの電車の中で出来上がったカードを眺めながらニヤニヤしていた。

 (これで、俺もダンジョンハンターだ……有名人になっちゃったりして……)



 ◇


 

 「おい、音地!これ見てくれよ!」

 そう言いながら幸生は自宅の床に寝そべりながら、ライセンスカードをこれみよがしにスマホ越しに映る雫に見せびらかしていた。


 『……なんか、たまに先輩って子供みたいになりますね。』

 雫はやれやれと首を振った。

 『そういえば先輩、新人研修は行くんですか?』

 

 「おう、明日行くよ」

 幸生はウキウキした様子で答えた。


 『まだ難しいかもしれませんが、ダンジョンに潜るときはできるだけ装備とかちゃんとしたほうがいいみたいですよ?』


 「装備かぁ……」


 『そうですねぇ、まぁ先輩は念動力なので武器はいらないかもしれませんが、今はまだあまり多用できませんし、護身用に何か持っておいたほうがいいかもですね。一応今ネットでもいろいろ購入できるみたいですよ、ほら、このサイトとか』


 「そうなの?」

 幸生は雫から送られてきた、リンクにアクセスした。


 「おおお、いろんなのがあるな。ええ、銃みたいなのも売ってるじゃん。……ダンジョン鉱石製ナイフ100万円っ!?げっええ、めっちゃ高え。」

 幸生は驚きの声を上げた。


 『ふふっ……先輩にはまだ早いかもですね』

 雫は電話口でクスリと笑った。

 

 「ぐぬぬ……」

 幸生は悔しそうな声を上げると、「いや、でもこれからガッポガッポ稼いで、それから……それから……」

 幸生はキャバクラで札束を左うちわに豪遊している自分の姿を想像して思わずニヤけてしまった。


 『……先輩何考えてるんですか。変態!最低!』


 「まだ何も言ってないじゃん。そこまで言わなくても……」


 『でも本当に気をつけてくださいね?研修はたぶん5級以上のハンターが講師でいると思いますけど……先輩みたいに調子に乗った新人ハンターが大勢亡くなっているんですからね』

 雫は少し厳しい口調になって言った。


 実際、ダンジョンに初めて潜った新人ハンターの事故は後をたたない。その原因の一つには、どうにも覚醒者には、急に人外の力を得たものだから、それを過信する傾向にあるらしい。

 そしてダンジョン内の過酷な環境、そして危険生物に関する知識の乏しさによるものだ。いくら能力が強くても実戦経験のない素人がいきなり、全く知らない土地で異形の危険生物と戦うとなれば、それは無謀というものなのだ。


 「はい、はい、わかったよ。気をつけますよ」

 少し不安になった幸生だが、強がって軽く返事をした。

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