第1章
第1話
「はぁぁぁぁぁ……」と
29歳の、仕事にくたびれた、どこにでもいるサラリーマン。少し糸がほつれている粗末なコートに身を包みながら、さも自分がこの世界で一番不幸だと言わんばかりに、とぼとぼと夜道を歩いている。眠そうに少し垂れた目に、癖のついたくしゃっとした黒髪は、後ろの方がぴんと跳ねている。
「あー……疲れた……今日で何連勤だよ」
時刻は既に23時をまわっていた。繁華街には居酒屋がスナックが立ち並び、仕事帰りのサラリーマンや若者がたむろしている。
(そういえば、今日誕生日だよな……こんな時間まで何やってんだか……)そんなことを考えながら、ふと目の前にあった商業ビルを仰ぎ見ると、ビルの広告が目に入った。
『
「ハンターか……いいなぁ、俺も何か能力が覚醒したらなあ」と幸生は広告を見ながらつぶやく。
今から5年前、世界各地で大規模な地震が連鎖的に発生した。不思議なことに、その後各地で地底奥深くへと続くかのような穴(現在では一般的にダンジョンと呼ばれている)が次々と発見されたのだ。
また、時を同じくして、突然さまざまな特異能力に目覚める人々が現れるようになり、能力を得た人々は覚醒者と呼ばれた。
覚醒者にはその特異な能力だけではなく、程度の差こそあれ、皆一様に身体能力が飛躍的に向上していた。
一方で、世界各地に出現したダンジョンには、当初各国政府が軍隊や自衛隊を派遣し、ダンジョンの調査を試みた。しかし、ダンジョン内の過酷な環境、そして異形の危険生物の存在により、通常の人間と銃火器では立ち向かいようがなくどの国も手をこまねいていた。
そこでダンジョンの調査に乗り出したのが、一部の覚醒者たちであった。ダンジョンの過酷な環境に耐えうる身体能力、そして特異能力を持つ覚醒者たちはダンジョンの調査にうってつけであった。初めはごく少数の覚醒者たちであったが、ダンジョン内の特殊な力を持った鉱石や生物の素材を持ちかえれば莫大な富を得ることができたため、ダンジョンには一攫千金を狙う覚醒者たちが殺到するようになった。
いつからか、そういったダンジョンで活動する者たちを”ダンジョンハンター”と、そう呼ぶようになった。
今や日本中に大小様々なハンター事務所が乱立し、優秀なハンターを囲い込もうと躍起になっていた。
ハンターが持ち帰るダンジョンの資源や生物由来の素材はその希少性と有用性から高値で取引され、大企業の間では日々ダンジョン資源の獲得競争が行われていた。
大手事務所の中には、ハンターをまるでタレントのように売り出す所もある。
今やダンジョンハンターは中高生の将来の夢ランキング1位だ。
幸生も当時はハンターになることを夢見たが、いっこうに覚醒する兆しは見えず、いまだにこうしてちっぽけな、社会の歯車として毎日夜遅くまで働き続けている。
(とはいっても、今日は誕生日だ!たまには自分を労おう)と幸生は心の中でつぶやき、帰り道にファストフード店でフライドチキンとコーラをテイクアウトして帰宅した。
「ただいまあ~」
「……………………」
返事がないのは分かっていた。両親は既に他界しており、彼女もいない幸生は一人暮らしだ。分かってはいても、寂しいと言いたくもなる。
幸生はスーツを脱ぎ捨てると、そのままリビングの足の低いテーブルで少し冷めたフライドチキンを頬張り始めた。
ふと時計を見ると23時59分だった。あと1分で30歳になる。30歳といえばおっさんの登竜門だ。このままだと一生独身のまま終わってしまうかもしれない。そんな不安に駆られながらも幸生は――
「……さん!……に!……」とバカみたいにひとりでカウントダウンを始めた。一人暮らしが長いと急に奇声をあげたり、独り言が増えるというが、まさに今の幸生の状態はそれであった。
「いち!……はぁ……おじさんになっちゃった」
なんとも言えない虚無感に包まれながら幸生が落胆していると、突然心臓の辺りにドクンッと鈍い痛みを感じた。
「う゛っ……」
握りしめていた、食べかけのフライドチキンが手からこぼれ落ちる。
幸生は胸の痛みで息が出来ず、苦しみながら胸をかきむしった。
徐々に視界が、周りの方から黒くなっていく。
(あれ……俺……死ぬのか……?)
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