30歳社畜サラリーマン、ダンジョンハンターに転職します

林田 天

プロローグ

 「――くっ――!」


 鬱蒼うっそうと生い茂る木々の間を、一人の男が背後から猛然と迫る殺意に追われて必死の形相で走っている。

 

 「ぜぇ……ぜぇ……はぁ……はぁ……」

 

 「も……もう、だ、だめ……もう、走れない」


 「グガァァァァァッ!」

 男の背後から迫り来る猛獣の雄たけびが聞こえる。


 「うあ、ああああああ……」

 男は疲労と恐怖でガタガタ震える足に鞭うち、足がもつれ、転げそうになりながらも必死に走った。


 (何で……どうして……どうして俺がこんな目にあわなきゃいけないんだっ!)


 「はぁ、はぁ……も、もうだめだ。」


 (何か……何かないか……)

 男は目の端で、手頃な大きさの、頑丈そうな木の枝が落ちているのを見つけた。


 あれだ――!


 男が覚悟を決め、立ち止まって振り返ると、今にも襲いかからんとする、巨大なハイエナのような獣が迫っていた。

 獰猛な牙をちらつかせ、獲物を見つけた口からは涎を撒き散らしている。


 「くっそおおお……」

 情けない雄たけびをあげながら、男は右手を見つけた木の枝に向けた。


 すると突然、その木の枝が重力に逆らってふわりと浮き上がり、次の瞬間には、獣に向かって勢いよく飛んでいった。


 放たれた矢のように飛んでいった木の枝は、バシュッ!と鋭い音を立て、獣の側頭部に深々と突き刺さった。


 「ギャウゥッ!?」

 獣は断末魔の悲鳴を上げたが、体の勢いは止まらず、男の方へ倒れ込んできた。


 「う、うぁぁぁああ」

 獣が男に覆いかぶさり、息絶えたその屍はピクピクと痙攣している。


 「ぐうう……くっせええ」

強烈な血臭と腐敗した肉の臭いのするその獣の顔をなんとか押し退ける。


 「はぁ……はぁ……ちくしょうめ……」と、こみ上げる吐き気を抑えながら吐き捨てた男は、自分の選択を後悔していた。


――ダンジョンハンターに転職なんてするんじゃなかった。

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