厨二病は帰りたい

「ねえなんで置いてくの!? ちょっと待って!」


今日も一日終わり学校から離れて基地へ帰ろうとすると、後ろからすこし焦ったかのような声で呼び止められる。

 朝、帰る約束をした高槻美波が走ってこちらに向かってきていた。


「追いついた! 引子ちゃんこの後暇?」


「暇……? そんな訳がないだろう、私はこれから来るべき日に向けて気を高めないといけないの……邪眼を持たない奴には分からないでしょうね」


「そっか、暇なんだね! それじゃあさ、シスド行かない? シスタードーナツ」


「話を聞いていたか? 誰が暇などと言った?」


まるで話を聞いていなそうな美波に少しだけ苛立ちながらも、もう一度シスドに行く気はない、という意志を伝える。


「えー、行こうよー! 奢るからさ、ね?」


奢る、という言葉にぴくりと反応する。闇の組織から身を隠すためとはいえ、一切の人間関係を絶って生きてきた彼女にとって、奢り奢られとは一種の憧れだったのだ。


「奢り……本当だろうな?」


「うん! 行く?」


「いいだろう」


長年の夢につられ、来たるべき日のために気を高める事などまるで忘れてシスドへ行くことを決めた。


「よし! それじゃ善は急げって事で行こ!」


そう言って引子の手を取り美波は全力で走り出す。


「わっ! ちょっと待て!」


引子の声を無視して一目散に走っていく美波、それに息切れをしながらついていく……否、引っ張られていく引子。


「はぁ……お……まえ……どん……な……たいりょ……く……して……んだ……よ……」


およそ1キロと500メートルほど、学校からシスドまでの距離だ。この距離を引子にとっては全力にも等しい速度で連れ回されたのだ。


「ついたけど……大丈夫?」


「誰のせいだと!?」


「あはは……なんかごめん、とりあえずなんか食べよっか」


どうやら手は離さないらしい。手を握られたまま店の中へと連れて行かれた。


「お待たせいたしました! ご注文を承ります!」


中に入ると綺麗なお姉さんから接客される。こういう場所の店員が大抵綺麗な人なのは何故なのだろうか? 顔で選んでいるのか、そうか、顔なのか!? と引子は一人で悩み一人で絶望しだした。


「すみません、トンデリング一つください! 引子ちゃんはどうする?」


ぼーっとしていたらいつの間にか美波はもう決めていたらしい。引子も早く決めようと、パッとメニュー表に目を通す。するととても興味をそそる商品が確認できた。


「……エンドレスエンジェル一つ下さい」


終わりなき天使、永遠を生きる天使をモチーフにした商品だろうか? とてつもなく大きい商品なのかもしれない。まだ見ぬエンドレスエンジェルという商品に引子は早くも心躍らせる。


「エンドレスエンジェル……あ、エンジェルフレンチでよろしかったでしょうか?」


「……へ?」


店員の言葉を聞いてからもう一度商品名に目を通す。どうやら読み間違えていたようだ。おのれ闇の組織め……!


「……それでお願いします」


「かしこまりました!」


元気にそう言った店員さんだが、その顔は笑いを堪えるかのように少しだけ引き攣っていた。


「引子ちゃん……間違いは誰にでもあるから気にしないで!」


今はこの宥めがむしろ苦痛だ。さらに笑いを我慢している美波にそれを言われるのが尚つらい。


「いっそ殺して……」


引子は恥ずかしさのあまりただただ死にたくなった。ちなみにエンジェルフレンチはきて早々に完食したらしい。

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