厨二病は迫られる!

「あいつなんて……あいつなんて……!」


教室から飛び出した引子は屋上で一人ぶつぶつと呟いていた。「あいつ」とはもちろん先程引子を馬鹿にした(と、彼女は思っている)高槻美波のことだ。少し心を許しかけていた手前、いつもよりダメージが大きかったのだ。


SHRショートホームルームどうしよう……」


葉山引子は皆勤賞である。欠席はもちろん、遅刻すらしたことがない。そんな彼女が今、遅刻の危機に立たされていた。思い切り叫んで飛び出してきた手前、なかなかに気まずい。


「んー……ほんとにどうしようか……」


皆勤賞などに拘りはない……ないはずなのだが、賞と聞くとやはり欲しくなるものなのだろう。

 

「あれ! 葉山じゃん!」


今の状況について深く思案しているというのに、唐突に聞こえたバカみたいに大きな声で思考を掻き乱される。声の聞こえた方を見ると、そこにはかつて「この我と共に世界を救おう、漆黒のダークネス!」などとわざわざ呼び出して言ってきた男がいた。名を津軽彰彦つがるあきひこと言う。ちなみに引子はこの男が大嫌いである。

 呑気に手を振っている男を無視し、教室に戻ることにした。理由は単純に嫌いなやつが屋上にいるからだ。


「無視かよ!?」


引子が出て行った後の屋上には、一人の少年の叫び声が木霊したらしい。



「じゃーん! これなーんだ!」


SHRが終わり、休み時間になると突然引子の前に「高槻美波」と書かれたスマホの画面が広がった。


「……」


もちろん突然話しかけられて言葉を返すほどのコミュ力は持ち合わせていない引子は黙り込み、手元にある書物(自作)に目を落とす。


「正解は私の連絡先でしたーっ!」


パチパチパチー! と一人で言い一人で拍手している美波を一瞥して、再び視線を逸らす。


「……なんか反応してよ! 一人で騒いでバカみたいじゃん!」


「そ、それで……わ、私に何の用?」


ようやく絞り出した言葉、それも世間一般の人々が使っているような口調での言葉、普段はあり得ない口調だからこそ、引子はついつっかえてしまう。


「ふふふ……私の連絡先を引子ちゃんにプレゼントしてしんぜよう!」


「い、いらない」


「そこはもらうとこじゃない!? いいからもらって!」


そう言って机の上に置いてあった引子のスマホを拾い上げ、そのままロックを解除する。ちなみに引子はパスワードなど設定していないため、すぐに開くことができた。

 そして連絡用のアプリを開き、友達追加の作業まで素早く行う。あまりに急な出来事だったため、引子は止める暇もなく勝手に連絡先が追加されていた。家族以外ではじめての連絡先である。


「はい! これでよし!」


人のスマホを勝手に操作した事、勝手に連絡先を追加したことなど悪びれる様子もなく、ただただ屈託のない笑顔を浮かべている美波。


「……貴様すごいな」


ついいつもの口調で言ってしまった。


「ありがと!」


無論嫌味である。にも関わらず美波はさらに笑みを深めて礼を言ってきた。


「褒めてない」


「それよりさそれよりさ、今日一緒に帰ろ! 家の方向同じだったよね? 先帰らないでよ!?」


マシンガントークとはまさにこの事なのだろう。引子に一切喋る隙を与える事なく美波は次々と言葉を放っていく。しかしコミュ障に「はい」と言わせるには思いの外効果的だったらしい。中ニコミュ障ぼっちの引子はついつい「いいだろう」と肯定の意を示したのだった。

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