第12話
この一種の潔さは、マドゥーにとっても意外なものだったらしい。
「おう! お前さんが錐山剣矢か! ふぅん、ドクター尚矢とは全然雰囲気が違うなあ」
それはそうだ。親父が今どんな状況なのかは知らないが、少なくともこっちは日々憎しみを募らせてきた。並の人間とは、心に溜め込んできたものが違う。
「あんたがダリ・マドゥーだな。七年前、俺のお袋を殺した」
「そういう物言いをするってことは、親父さんの生存は確実視してる、ってわけだ。ま、今更隠すほどのことでもねえが」
俺はいつでも拳銃を抜けるように身構えた。マドゥーも同じく。
奴の得物は、腰元のベルトに挟んだ六連装リボルバー拳銃が一丁。それ以外は見受けられない。
すると唐突に、マドゥーがニッと口角を上げた。
「そうそう、お前さんなら気づいてると思うが、自分の左肩の刺青、分かってるよな?」
「ああ。俺は『02』で貴様が『01』だ」
「ご名答~! つまりな、剣矢。お前さんは俺の上位互換の存在ってことだ。だが俺だって、数々の戦場を渡り歩いてきた。経験値はこっちの方が上ってわけ。どっちが強いか、確かめてみねえか? ――命懸けで」
マドゥーはサングラスを外し、わきへ放り投げた。ギラン、と双眸が緑色に光る。
こいつは両方の目が光るのか。
「分かった」
俺に迷いはなかった。コイツを倒せないようでは、親父の下へ辿り着けない。復讐の糸が途切れてしまう。何としてでも、この男を仕留めなければ。
俺はマドゥーを睨みつけたまま、ふうっ、と深呼吸をした。同時に左目の眼帯を投げ捨てる。
「ほっほー、いい目をしてるじゃねえか! ま、俺は両目だけどな」
「目の数が強さに比例するわけじゃないんだろう?」
「まあな」
すると唐突に、マドゥーは拳銃を抜いた。
俺の強化された視力がそれを捉える。リボルバーの四十四口径マグナム。殺傷力を高めるためにカスタマイズされている模様。防弾ベストはあてにならない。
俺は得意の横っ飛びで初弾を回避した――つもりだったが、マドゥーは発砲していない。確実に仕留められるタイミングを狙っているのか。
「だったら!」
弾数はこちらに分がある。しかも二丁だ。でたらめに撃っているふりをして、渾身の一発を紛れ込ませてやる。
パンパンパンパン、と軽い銃声がフロアに響く。しかし、当たらない。マドゥーもまた、身体能力が強化されている。
ソファ、デスク、どでかいスクリーン、バーカウンターなどなど、その場にあるものをフル活用して俺の銃撃をかわしていく。
「それじゃあ当たらねえぞ、お若いガンスリンガーさんよ」
ぞくり、とした。いつの間にか俺の背後に回っていたマドゥーは、ついに一発目を発砲した。ドォン、と爆発音にも似た野太い銃声が響き渡る。
俺は思いっきり上半身をのけ反らせ、これを回避。だが、コンマ一秒前に俺の頭があったところを銃弾が通過していく感覚に、俺は背筋が凍る思いがした。
回避は間に合わない。ならば、攻撃に出るまでだ。
俺は突き出されたマドゥーの腕を掴み込んだ。このまま膝と腰を突っ張る。柔術の背負い投げの要領で床に叩きつけるつもりだった。
しかし、マドゥーは俺の不器用な技のかけ方の盲点をついた。中途半端な速さで叩きつけられたのをいいことに、受け身を取ったのだ。肩だけで。
腕先には拳銃が握られている。その銃口は、紛れもなく俺の眉間に突きつけられていた。
今度こそやられる!
そう思った瞬間、カービンライフルの銃声が耳朶を打った。
「剣矢、無事か!」
葉月の声だ。どうやら手前の床を撃って、気を逸らす作戦だったらしい。
そしてそれは成功した。マドゥーは俺の身体を放り出したのだ。すぐさま体勢を立て直し、バックステップしながら葉月の方へ二射。これを葉月はすぐに顔を引っ込めて回避する。
マドゥーはそれ以上葉月には構わず、マウントポジションにあった俺を突き飛ばして、様々なものを蹴とばし始めた。
「そうら! 受けられるか!」
椅子やらテーブルやら何らかの機械部品やら、精確な狙いで俺の方へと飛ばしてくる。
俺は床に這いつくばり、そのまま横転して回避することに専念した。途中数発発砲したが、それがどれだけ功を奏したかは分からない。
俺は身を翻しながら立ち上がり、再び狙いを定めようとした。が、今度はマドゥー の方が銃撃を始めた。さっと屈み込んで、これらを回避――したつもりだった。目の前が真っ暗になるまでは。
「ぐっ!?」
一瞬何が起きたか分からなくなる。だがすぐに見当はついた。テンガロンハットだ。
マドゥーは銃弾だけでなく、テンガロンハットの投擲も行ってきたのだ。そして俺がハットを振り落とした時、マドゥーは俺の右側で、俺のこめかみに銃口を突き付けていた。
「残念だぜ、剣矢。これじゃ親父さんには会えな――」
全てを言わせるつもりはない。かといって、今から右腕にかざした拳銃で狙いを定める余裕もない。どうする?
瞬間的な早さで、俺の脳裏に一つのアイディアが浮かんだ。いや、違うな。本能的に身体が動いたのだ。
動作は単純。右腕に掲げていた拳銃を、無造作に発砲したのだ。薬莢が排出され、それはマドゥーの顔面にぶつかった。
「むっ!」
瞬間的に高熱を帯びた薬莢。それがマドゥーの注意を逸らした。
隙あり、と言わんばかりに、俺は右足を軸に回し蹴りを見舞った。マドゥーは呆気なく吹っ飛ばされ、フロア入口の方へ。
だが、というべきか、やはり、というべきか、マドゥーはただ無防備なまま立ち上がりはしなかった。
「うっ!」
「葉月!」
そちらには葉月がいたのだ。背後から首に腕を回され、頭部に拳銃を押し当てられている。
「動くんじゃねえ!」
今までにない怒声を上げるマドゥー。ガラス片で切ったのか、額からどくどくと血を流している。
「これ以上発砲したら、この女をぶっ殺すぞ!」
その言葉と同時に、マドゥーは、そして俺も、目の光を失った。周囲からは、緑色の光が失せたように見えたはずだ。
これ以上は動けない。こうなったら、髙明に拳銃でマドゥーの足元を狙ってもらうほかない。彼が散弾銃を捨て、拳銃で精密射撃をする。それなら、葉月を傷つけずにマドゥーの足だけを止めることができるはずだ。
しかし、事態の急変は思わぬところから発生した。
「がっ!」
飛散する窓ガラス。マドゥーの苦し気な声。床面にめり込む狙撃銃の弾丸。
和也だ。和也がマドゥーの真横、左脇腹から右半身にかけて狙撃したのだ。
そう察する頃には、既にマドゥーは脱力。葉月は肘打ちをマドゥーに見舞い、すぐさま距離を取ってカービンライフルを突きつけた。
マドゥーは上半身と下半身を分断され、臓物を引き摺り出される形で横合いに倒れ込む。
突然の出来事。あまりにも無茶な狙撃。僅かに手元が狂えば、半身を千切り飛ばされていたのは葉月の方だったのだ。
こんな時でも、最も冷静だったのは髙明だった。
「おい和也、何してやがる!」
《葉月を助けたんだよ! 人質だったじゃないか!》
「だからって、こんな無茶な狙撃をする馬鹿があるか! もし葉月に当たってたら……!」
髙明が葉月を一瞥する。しかし、葉月は息絶え絶えのマドゥーに銃口を向けたまま動かない。
いや、動けないのか? 和也が自分のために無茶をしたといって?
「おい、葉月からも言ってやれ! 危うくお前自身が、よりにもよって和也のせいで死にかけるところだったんだぞ!」
しかし、葉月は無言。俺ははっとして、ズボンの尻ポケットから小振りのナイフを取り出した。この前の麻薬密売人のボスと同様に、マドゥーの首筋からもマイクロチップを摘出しなければならない。
屈み込むと、マドゥーの上半身が鼻腔から血を噴出させながら言った。
「いい、チームワーク、だな……。だが、剣矢……。この程度、では、親父さんを……」
そこまで言って、マドゥーは息絶えた。親父はもっと強いらしい。一体どんな戦い方をしてくるのだろうか。
「よし、撤収する」
俺が立ち上がるのに合わせて、葉月が言った。
「来た時とは運転手を交代する。剣矢と髙明、私と和也で組を作ってもらう」
《えっ、葉月と一緒に帰れるの? やったぁ!》
髙明が露骨に舌打ちをする。それはいつものことだが、今回は俺だって同じ心境だった。
和也、お前は自分が何をしたのか分かっているのか?
※
今日は髙明がドクの下へマイクロチップを届けてくれることとなった。
きっと、今の自分では和也を半殺しにでもしかねないと自覚していたのだろう。
始末書では済まないだろうな、きっと。
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