第10話


         ※


 俺がアジトに帰ると、ダイニングで動く人影があった。


「おかえり、剣矢」

「ああ、葉月か」


 葉月はテーブルを拭いている。


「残ってた料理はどうしたんだ?」

「ちゃんと冷蔵庫に仕舞ったよ。せっかくの食事を、私が無駄にするわけがないだろう」

「それもそうだな」


 俺は広いテーブルに身を乗り出して、随分と家庭的な所作を続ける葉月を見ていた。

 すると何だろう。心がどこか落ち着いていくような、不思議な気持ちになった。

 先ほどまで、ドクの下で殺気じみた空気を漂わせていた俺。しかし、その冷たく閉ざされた心が暖かい空気の流れに呑まれ、表面が溶かされていくように思われる。


「なあ、葉月」

「ん?」


 タオルを置き、顔を上げる葉月。だが俺は、自分が何を言いたかったのかよく分からなくなってしまった。


「どうしたんだ剣矢、他人様を呼び止めておいて、妙な奴だな」

「ああ、ごめん。忘れてくれ」

「……忘れないよ」

「え?」

「明日の作戦で、私たちだってどうなるか分からないんだ。ドクから情報は預かって来たんだろう?」


 突然現実的な話題を振られ、こくこくと頷く俺。


「そうか。朝一で髙明と和也にも知らせてやらないとな」

「そうだな」

「片づけは私がやっておく。剣矢は先に休んでくれ」

「ん、あ、ああ。取り敢えず葉月も、水分補給を忘れないようにしてくれよ」

「了解」


 俺はどこか後ろ髪を引かれる思いだった。が、このままここにいるだけの根拠がない。

 仕方ない、シャワーでも浴びにいくか。


 俺はのそのそと不器用に四肢を動かし、着替えを取るべくダイニングを出ていった。

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