第3話 好きになったきっかけ

「お、桜が満開になってる」

「本当ですね」


道中、お人好しな彼女を観察しながら学校に向かうけど、校門近くまで来ると満開の桜に出迎えられる。


「蒼井くん、そのまま」


ヒラヒラと舞い落ちる花びらが、俺の肩に落ちると水瀬さんが背伸びをしてそれを取ってくれる。


「ありがとう」

「いえ。でも、蒼井くんは背が高いですね」

「唯一の自慢かもね」


190cm近い背丈なので、比較的大柄な部類には入るとは思うけど、160cmに満たない彼女が必死に手を伸ばす光景は少し微笑ましかった。


「私ももう少し背丈が欲しいんですけどね」

「十分だと思うよ。今のままの方が可愛いし」

「か、かわ……」


ピタリと止まってどもってしまう水瀬さん。


セクハラだったかな?なんて思っていると、彼女の長い髪に桜の花びらが落ちた。


「水瀬さん、そのままで」

「えっ……だ、ダメですよ……こんな所で……」


俺が手を伸ばすと何かを勘違いしてそうな水瀬さんが赤くなってギュッと目を瞑る。


何だか本当にイタズラしたくなりそうになるけど、流石に会ったばかりの女の子にそんな真似をするような下衆ではないし、せっかく友達になってくれた彼女にそんな真似をして嫌われることもないと自然に桜の花びらを取る。


「あ……そういう……はぅ……」


目を開いた彼女はそれを見て、自分の勘違いに恥ずかしそうに頬を赤くする。


うーん、可愛い子だなぁ。


あと、凄くチョロそうで心配にもなる。


「水瀬さんは……」


俺の言葉を遮るようにふさぁと、風で桜の花びらが宙を舞う。


何とも綺麗な光景だけど、俺にはそれが別のものに見えてしまう。


『お兄ちゃん』


妹が死んだ時もこんな桜が満開の日だったか。


いつだって、綺麗なものは俺から大切なものを奪っていく。


どこか幻想的な景色にも思えるはずのそれに俺が記憶の底にあるドロドロしたものが出そうになっていると、水瀬さんがそれより前に言葉を発した。


「蒼井くんは桜は好きですか?」


その問いに答えるのは難しい。


好きでいたいはずなのに、思い出してしまうから目を瞑りたくもなる。


「水瀬さんは好きなの?」


疑問を疑問で返すのは良くないけど、はぐらかすようにそう問い返すと水瀬さんは微笑んでそれに答えた。



「はい。綺麗なものを見てると、私もそうありたいと思えますから」



――ドクン。


思わず心臓が飛び跳ねたのが分かった。


『私も桜みたいに綺麗になりたい』


そんなに似てると思えないはずなのに、何故か妹と水瀬さんが重なって見えた。


いや……多分、それは言い訳だ。


純粋に俺は水瀬さんと桜の組み合わせに見惚れてしまったのだろう。


不思議だ、これまで女子とは普通に仲良く過ごしてきたし、告白もされた事はあってもここまで強く惹かれることはあっただろうか?


会ったばかりで、ほとんど何も知らない女の子に惹かれてしまうということは、凄く端的に言えばその感情こそ、『初恋』であり、『一目惚れ』なのだろうと後々冷静になれば分かることだけど、この時の俺にはただ彼女の笑顔がこの世で最も最高に魅力的に映るだけであった。


そして――これまで複雑だった綺麗なものへの気持ちが塗り替えられたのもこの日からだったのかもしれないけど、それを知るのはもう少し後になってからかな?


我ながらめっちゃチョロいけど、きっと俺が彼女と会えたことも運命というやつなのかもしれないね。










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