俺の夢、、、
「風間くんのレポートは分かりやすくて良いねぇ。」
おじいちゃんみたいな山田教授が目と目の間にしわを寄せて笑った。俺が書いたレポートを見ながらたまに眼鏡を持ち上げる。緊張しているけど、山田教授がほめてくれたことが嬉しくて仕方がない。
「ありがとうございます!」
山田教授にそう言うと、山田教授はホッホッホ…みたいな穏やかな顔で笑った。頭が良くてすごく授業が分かりやすい山田教授はとても優しい。子供(?)の気持ちを分かっていなくて、ノリの悪い俺の担任、高井教授とは大違いだ。これがお金の有り無しの違いだろうか。金は人に余裕を持たせるんだなぁ。スゲェ、金。
「だが…風間くん、これは何かね?」
山田教授は困惑した様子で俺のレポートを頭の高さまで持ち上げる。空いている方の手でぺらりとレポートに挟まっていたらしい小さな紙を取り出した。へ?…はぁ!?!?
俺は悲鳴を上げそうになる。ここは職員室だ。優等生である俺がいきなり叫びだしたというなら、いろんな先生がこちらへ見に来るだろう。それは何としても避けなくてはいけない。…そう、理由はただ1つ。山田教授の手には、俺がそれによって人生が左右するような重大なものが乗っていたからだ。今、他の人間に見られたら、ここで窓から飛び降りようと思う。それくらい重要で重大で…。
「風間くん、『俳優になるために今できることトップ10』…これは何かな?」
山田教授が険しい顔で眼鏡を持ち上げ、それを読み上げる。見間違えだと思って確認しているんだろう。ゆっくり何度も紙を見てから、本当のことだと分かると、ショックを受けたように動きを止めた。うぅ…、どうしよう。それは、俺が小さい頃から密かに憧れていた仕事、それは『俳優』だった。自分のなりたいものになりきって舞台で堂々と演技する。最高ではないか。それを見ている人が評価してくれるんだ、楽しいだろうなぁ、嬉しいだろうなぁ…。俺は今の『普通の大学生』という檻から抜け出して、自由に堂々と生きることに憧れていた。山田教授みたいな俺を認めてくれる人がいることはとても嬉しいんだけど…、それがプレッシャーになって、伸び伸び生きることが羨ましくなっていた。楽しそうにテレビの向こう側で笑う人間が羨ましいんだ。期待されている俺は。きっとエリート会社に入るとでも思っているんだろうな、母さんは。教授だって友達だって花奈だって。きっとみんなそう思ってる。でも本当は違うよ。
「変なことを言ってすみません、山田教授。俺、挑戦してみたいなって思ったんです!」
山田教授は足を少し上げてから椅子にドッカリと座り込んだ。椅子がキィと音を鳴らす。諦めちゃだめだ。隠したところでどうせバレる。この前花奈が家に来たときに、急いで隠そうとして、レポートの中に入れたままにしていたというミスを悔やみながら小さい声で気持ちを込めて言う。伝わるかな、伝わるといいな。山田教授は分かってくれるはず。
「やってみたいんです!!!」
山田教授はコホンと咳ばらいをしてから立ち上がった。机の上のコーヒーのシミを眺めながら山田教授が言った。
「場所を変えよう。体育館裏に行くぞ。」
体育館裏は雑草がたくさん生えていて虫もたくさんいるからだれも行かない。愛の告白で使うっていう噂もあるけど。俺はこくりとうなずいた。それを見て、山田教授はスタスタと職員室の出口へ歩いて行く。
「し、失礼しましたぁ!」
俺は職員室(?)に向かって慌てて頭を下げ、山田教授の後を追った。
「山田教授、もしよければいかがですか?」
俺は自動販売機で缶のブラックコーヒーを1本と、ペットボトルのミネラルウォーター1本を買って缶コーヒーを山田教授に渡した。
「…ありがとう、さすが風間くんだ。気が利くな。」
俺はゆっくり頭を下げて、それから靴下にペタリと張り付いたくっつき豆をボーッと見つめた。
<第8話目>
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