仕事、失敗しちゃった。

こ、こいつ。いつの間にこんな美女を捕まえやがったんだ…。俺は、気まずそうに林さんと繋いでいた手を離した大輔を無言で見る。林さんはわ~いと満面の笑みで俺が持っている抹茶クレープを2つ取っていった。

「大輔くん、美味しそうだよ!」

林さんが肩から下げているハート形の鞄から器用にお財布を取り出した。両手がクレープでふさがっているのによく取れたな。どんな女もやっぱり器用だ(女性の偏見…w)。林さんが2千円札俺に渡す。その時にきっと磨いているんであろうキラキラした水色の爪がチラリと見えた。触れるだけで折れてしまいそうでちょっとドキドキした。花奈みたいにドカドカしているわけじゃなくて、1つ1つの行動が繊細で守りたくなる。男の本能というものだろうか。

「おつりは340円です。」

俺はレジの機械に手を突っ込んで小銭を取り出す。大輔はいつまでたっても俯いてオドオドしているだけだ。そんな奴にどうしてこんな彼女ができるのか。おかしい、この世界はおかしいんだ。彼女にお金払わせんなよ!そこは俺が払うよって言うところだろーが!…なんだか悔しくなってきた。林さんは彼女がいない俺に申し訳ない…みたいな顔してくるし。だんだんイライラしてきた。俺がグルグル考えて突っ立っていると、百合愛さんが俺の横に来た。そして遅いっていう顔をしたのが分かった。百合愛さんは並んでいるお客様の数を人差し指で数えてから腕時計に目をやった。そして怒った目つきで俺を睨んだ。

「空斗くん、今日はもう帰っていいわ。あなたは今日、ずっとボーっとしていて何も役に立っていないわ。これは『仕事』なの!お金を貰っているんだよ。邪魔者はいらない。…じゃあ、明日からは心を入れ替えてよ?じゃ、お疲れ。…はい、お待たせしましたー!」

百合愛さんが林さんと大輔にお辞儀をしてから次のお客様に声をかけた。お、怒られた…。百合愛さんの言葉は意地悪じゃない。俺がしっかり働けないのが悪いんだ。でも。おれじゃない、今のは林さんと大輔に問題があった。あそこであいつらが来なければ俺は怒られなかった。百合愛さんは俺を見もせずに、帰ってと言った。これは俺が今日何度もお客様に迷惑をかけているのが悪いんだ。けどぉ、けどさー--。

「百合愛さん、まだ俺やれます。頑張りま…」

「空斗くんがいるだけでクレープを購入できるお客様が減るの。ごめんだけどホントに邪魔。今日は帰って。空斗くんがいない方がはかどるから。」

今度は、百合愛さんが俺の目をしっかり見てからそう言った。…頑張って働いていたつもりだったけど、邪魔だったんだ。…ショック。

「…じゃ、お疲れ様です。お先に失礼します。」

俺は気持ちがだんだん冷めていくのを感じた。もう夕方だ。1日の終わり。空斗は役立たず。自分に言い聞かせてみるとすごく寂しく感じた。俯いていた顔を少し上げると、可愛い笑顔で挨拶をする百合愛さんが視界に入った。その奥にはさっき担当した女子高生の5人組がベンチで爆笑していた。アハハッという甲高い笑い声は俺の気持ちと真反対でなんだか無性に腹が立った。列にはスマホを見てる人、談笑している人、音楽を聴いている人、髪の毛をいじって整えている人…がいた。その後ろでは林さんと大輔が人ごみにまぎれてクレープを食べていた。大輔が大きくかぶりついて口の下に生クリームがつく。それに気づいた大輔が服でそれを拭おうとする。いやぁ、ちょっと待ったぁ!その生クリームはオーストラリア産の羊のクリームからできているらしく、濃厚でこだわった高級品だぞ!林さんがあわてて薬指で大輔の口下を拭った。

「もったいないよ!洋服に付いたら汚いよぉ!」

林さんの大声は俺の耳にも届いた。林さんは薬指を自分の口に入れた。大輔は汚れを服で拭うような汚い男なのだが、林さんは気にしていないようだ(男としては大輔はつきあいやすい)。怖い、なぜあいつに彼女がいるんだ…!

「あのさぁ!空斗くんいい加減にして?もう帰れって言ってるでしょ!?」

百合愛さんが微動だにしない俺にとうとうキレてしまった。やばい!これはやばい!俺は急いでエプロンを脱ぎ、『クレクレ―プ』という可愛い店から飛び出してきた。百合愛さんを怒らせると、どんな大男でも泣くという噂があるのだ。大人になって女性に泣かされるなんて絶対に嫌だ。知り合いに見られたら恥ずかしすぎて俺は不登校&ニートになってしまう。俺は荷物を楽屋に置いている。だが…、取りに行くのは今度でいいや。幸い、俺のポケットの中にはスマホと財布が入っている。(ちなみに、楽屋の鞄の中にはのど飴と小説と予備のエプロンが入っている。)

「ふぅ…家に帰るか。」

俺は早歩きで知り合いに見つからないように背中を丸めて歩き出した。大輔と林さんが長いキスを交わしているのを横目に。チッ、こいつらマジで腹立つ。店の前でキスすんなよ。俺まで恥ずかしくなってくるじゃんか!…店から追い出された俺が言えることじゃないけど。…はぁ。ため息がこぼれる。俺は小さくなってきたスニーカーをそろそろ変えようかな、と思いながら俯いて歩く。すると。

「そ~ら~く~ん?わぁ、ホントに空くんだった!」

背中をトンっと軽くたたかれる。振り向くと、長くてでかいネギを買い物袋に入れて微笑んでいる花奈がいた。

「は、花奈。どうしてここに?」

俺は花奈が俺を迎えに来てくれたんじゃないか、なんて淡い期待をした。花奈はふふっと楽しそうに笑ってから買い物袋を掲げた。

「お母さんに買い物頼まれちゃってさ。…空くん、もしかして私が空くんを迎えに来ているとでも思った~?あ、そうだ!この長ネギ立派でしょ?こんなにおっきくて長いのに、65円だったんだーっ!」

花奈がニヤニヤと笑う。ジョーダンなんだろうけど、図星だからドキッとする。

「お、思ってねぇよ。…そうだ花奈、明日俺大学行かなくちゃなんねぇんだけど。花奈も一緒に行かない?」

俺は話をそらすために…っていうのと、本気で行きたいからそうつぶやいた。明日はレポートを提出しに行くのだ。お願いします!花奈様ぁ!すると花奈は妖精みたいに身軽に飛び跳ねた。

「明日いいよ!……あっ、ダメだ!残念~!明日は真央と、えっとね、真央と隣のクラスのみずきちゃんと佐藤くんと行くんだ!恋バナするのー!きゃあ~💗」

『みずきちゃん』と『佐藤くん』っていうのは、最近付き合い始めた大人しい穏やかカップルだった気がする。気が弱い2人は断り切れずにみんなの恋バナに付き合ってあげてるんだと思う。…例えば、告白の言葉は?どっちが好きって言ったの?みたいな。ま、俺は大学生にもなって人の恋愛になんて興味ないけどな。……は!?す、拗ねてねぇし!…か、悲しくなってねぇし!まぁ花奈に断られたのはちょっとショックだったけどな!?それだけだぞ!?俺と花奈はその後世間話をした。くだらない恋愛事情とか、好きな芸能人の好きな食べ物とか、教授の悪口とか。でも、そんなちょっとした時間が嬉しかった。


「じゃあまたな、花奈。」

俺は家が隣だっていうのに、離れるのがつらいっていう気持ちを押し殺して手を振った。優しい笑顔はいつもより俺の心を見据えているような気がした。

「空くん、お仕事でなんかあった?」

花奈は最後の最後でそう切り出した。

「空くんの顔、いつもより無理した作り笑いに見えたの。あっ、もしかして違った?えっ、それってかなり恥ずかし~!…私にはそう見えたんだけどなぁ?少なくても私には。」

幼馴染の花奈は俺のことをちゃんと見ていてくれた。ホッとして、涙があふれてきちゃいそうだった。

「そうか?普通だけど。」

花奈が不安そうに俺を見た。

「抱え込んじゃ、ダメだよ?空くんには私がいるから。」

花奈はそう言ってから俺にまたねと言ってからドアを開けて俺の隣の家へと消えた。

…ありがと。花奈のおかげで俺はいつも頑張れてるんだ。

                     <第8話目おしまい>

























































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