マジで迷惑だよ…!
「ありがとうございましたー!」
大きい声でお礼を言ってから頭を下げた。2人組の女性は楽しそうに商店街の方へと歩いて行った。短い髪を肩で切りそろえたお洒落なお客さんが隣にいる長い髪の女性になにか話しかけた。2人で声を上げて笑う。幸せそうだった。
「ストロベリークリームクレープと、チョコバナナスペシャルクレープと、マンゴー期間限定パラダイスクレープをください!」
俺がレジを確認していると、小さいお客さんの声がした。5歳くらいだろうか。母親らしき人の手をギュッとつないで一生懸命注文してくれる。
「はい、ちょっと待っててくださいね。」
頑張って注文してくれたことに胸がホカホカして、自然と笑みがこぼれた。俺がこの好きになれない制服を着てまでここで働くのは、こういうたくさんの優しさに触れられて嬉しいと思ったからである。
「百合愛さん!イチゴとバナナと期間限定!」
1歳年上の生クリーム係、百合愛さんに大声で言う。
「はぁい!美味しいの作ってあげるねー!」
百合愛さんは料理上手の器用な美女だ。明るく笑顔で返される。小さいお客さんに見える位置まで行き、ウインクして言った百合愛さん。お客さんがやったぁ!と言って笑ってくれた。さすが仕事のできる百合愛さんだ。百合愛さんは手早くクレープを包み込んだ。2分くらいすると百合愛さんが笑顔でクレープを渡してくれた。俺はそのクレープをお客さんの手に優しく握らせる。
「美味しそ~!食べようよ、早く!」
小さいお客さんが可愛くクレープの匂いを嗅いだ。ぷはぁ、とビールを飲んだ後のおじさんみたいな反応をする。匂いでぷはぁっていうんだwww。可愛くて面白い。
「ありがとうございます。嬉しいねぇ。」
小さいお客さんに話しかけながら母親らしい人が頭を下げる。いえいえ、どういたしまして。お金を払ってもらうと、2人はベンチがある公園まで駆け出して行った。会釈をしてから俺は腕時計を見た。…12時。あと30分で昼飯だぜ。よっしゃ。俺はあと少し頑張ろうと思い、笑顔を作り直してから言った。
「いらっしゃいませ…って!」
そう、そこにいたのは花奈と…花奈の親友の横田真央(よこたまお)だった。
「やっほー。花奈に誘われたから来ちゃった♪」
真央は小さい頃から俺とも花奈とも仲が良かった。いわゆる幼馴染みだ。
今日は耳の下までの短い髪を器用に2つに結んでいる。青い色の短いスカートにはベルトがついていて、上着はなぜか学校指定のジャージだった。うん、なんで?
ギャルのメイクで飾った小顔の前で真央がピースする。花奈を見ると、ニヤニヤとうざったるい笑みを浮かべて俺を見ていた。朝と同じオレンジ色の明るいワンピースを着ている。だが唇はうっすらと赤色になっている。目の上には白とピンクを混ぜたようなキラキラが乗っていた。えっと、アイシャドウっていうんだっけ。いや違う気がする…。なんだっけ…まぁなんでもいい。そ・れ・よ・り。…花奈ぁぁぁ!おい、お前真央も呼んだのかよぉ。俺の恥を楽しむなよっ!花奈めぇ…。舌打ちしそうになるのを堪え、作り笑いを浮かべる。
「ご注文はお決まりですか?」
花奈は一瞬ポカンとしてからまた余裕のある表情を作り直した。
「そっかぁ、それも作戦?」
挑戦するような笑みを浮かべながらお財布を取り出す花奈はいつもより楽しそうだ。
「お客様、クレープはお決まりですか?」
「空斗、私と花奈がお客様~?!笑えるぅ!あ、その制服、可愛いよ!」
「それなっ。制服めっちゃ似合う。キラキラなプリキュアみたいwww!ってか空くんは私たちのこと『ただの迷惑客』だと思ってるんだよね!あはっ、ひっどーい!」
花奈と真央が遠慮もせずに話し始める。苦手な制服についてバカにするように言ってくるので腹が立つ。男に対して可愛い、というのはバカにしていると俺は思っている。花奈のことは好きだが、バイト中に見に来て仕事の邪魔をするのは本当に迷惑だ。冗談ではなく今は『迷惑客』の2人にいら立ちを感じている。それでも今花奈と真央は客なんだ。俺が長蛇の列のことも気にしながら花奈と真央の相手をする。列はどんどん長くなっていく。早く注文言ってくれよ…。俺の接客が遅いことに心配した百合愛さんが小走りで俺の横に来てくれた。小声で俺の耳元に向かって言う。
「空斗くん、大丈夫?」
花奈と真央はふざけながら百合愛さんに会釈する。2人は本当はしっかり者で良い子なのだが、調子に乗ると面倒くさいノリになるのだ。
「お客様、どうされましたか?彼になにかございましたか?」
百合愛さんのしっかりした甘い声が2人の動きを止めた。
「あっ、いや。空くん、私たちの幼馴染なんです。ごめんなさい。」
花奈と真央はようやく迷惑なことをしていたと気づいて慌てている。2人は悪い子じゃないんだけど…やんちゃな少女みたいなところがあるからな…。俺は苦笑いする。百合愛さんがそうなんですね、と静かに微笑んでつぶやいた。
「クレープはご注文なさいますか?」
百合愛さんは悪い顔1つせずに優しく2人を見た。これが百合愛さんの素晴らしいところだ。どんなお客様でも幸せになってもらえるように全力を尽くす。百合愛さんは下っ端の俺にもすごく優しいし、腰が低い。尊敬に値する。
「あ、はい!えっと、期間限定のマンゴーのヤツをお願いします。」
「かしこまりました。そちらの長い髪のお客様はどうなさいますか?」
「私も同じヤツで…。」
百合愛さんはニコリと笑ってから走ってクレープを作りに行った。花奈と真央は俺にゴメンとポツリとつぶやいてから列の横にずれてくれた。
「ありがと。…次のお客様~、お待たせいたしました。」
ペコリと頭を下げる。
「ホンットに早くしてよ、マジメーワク。そこのやつらにも言っとけよ。メロンパイナップルクレープ1つ。早くしろよ~!」
ブクッと太ったおじさんだった。ポケットに手を突っ込みながら言う。女性しかいないお店なので、居心地が悪くてイライラしているのだろう。そういう男性は多い。花奈はぷるんとした唇の前で手を合わせて俺を見ていた。真央は困ったように俯いていた。私のせいで…と思っているんだろう、もう顔が青白い。大袈裟だよ、こんくらい日常茶飯事。ま、これからは来るなよ。俺は心の中でそう伝えた。届かないと思うけど。俺はフルーツを押し込んでから走ってきた男の先輩にクレープをもらって花奈と真央に渡した。2人がお金を渡す。1000円ずつ渡されたから、おつりは合計400円。俺がレジの小銭をあさっていると。
「あ、空くん。真央のも私のもおつりいらないからさっきの女の人と空くんで分けて?…空くん、困らせてごめんね。」
花奈がそう言ってから全力で駆け出していく。真央もそういう事だから、と言ってから花奈について行った。花奈っ、と呼び止めようとするが、おじさんにおせぇよ!と叫ばれてしまったので俺は仕方なく仕事に戻った。百合愛さんが切なそうに俺を見ていたことに俺はその時気付くことはできなかった。
<第5話目おしまい>
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます