第9話 襲撃

 エントランスホールの脇を通り抜けて、表に出ようとした時、上から降りてきたエレヴェーターの扉が開いた。


 それと同時に俺の体は横に突き飛ばされていた。男が俺の肩を押したのだ。


 一瞬、なにが起きたのかわからなかった。

 俺の体はエントランスホールにある植え込みの中へと突っ込み、痛みを覚えた。


 銃声がした。

 それも、一発ではなく複数である。


 先ほどまで自分が立っていた場所へと目をやると、エントランスホールの中央にある柱の陰に隠れるようにしている男の姿があった。


 左手には黒光りする拳銃が握られている。

 確かワルサーPPKという名前の拳銃のはずだ。


 目の前にある地面のタイルが飛び散った。

 驚いて顔を上げると、アイスホッケーのキーパーが被るような仮面を付けた男たちが身を低くしながら拳銃を構えている姿が見えた。


 ウエスタンハットの男が左手に持った拳銃をエレヴェーターへと向けて撃ちながら、空いている右手で自分の方へ来るよう、こちらに合図を送ってくる。


 中腰になり、身を低くしながら男のいる柱の陰までダッシュする。

 その途中、足元のタイルが何度か跳ね上がったが、何とか無事に柱の陰まで辿り着く事が出来た。


 何発もの銃弾が柱の脇をすり抜けて行き、派手な音を立てて柱の後ろ側にあるガラス製の扉を破壊する。

 マンションの住民が銃声に気付いて通報をしているだろうから、警察がやってくるのも時間の問題だろう。


 相手の弾が切れたのか、様子を見ようとしているのか、突然銃声が止んだ。


 妙に静かで張り詰めた空気がエントランスホールを支配する。


 ウエスタンハットの男はワルサーPPKのマガジンを取り替えると、後ろにある出口へと目をやった。出口までの距離は20メートルぐらいだろうか。


「援護してやるから、走れ」

 後ろにある出口を指差しながら男は言うと、被っていたウエスタンハットを出口とは逆の方向へと放り投げた。


 再び銃声がエントランスホール内に響き渡る。

 宙を飛ぶウエスタンハットが銃弾で撃ち抜かれ、まるで踊っているかのように揺れ動く。


「走れっ!」

 男が叫んだ。


 俺は出口へと向かって一直線に走り出した。

 靴底がタイル張りの床を蹴り、腿と脹脛の筋肉が伸縮を繰り返す。体が熱を持ち、エネルギーを爆発させる。本気で走ったのは何年ぶりのことだろう。そんな暢気な考えが脳裏を掠めた。


 エントランスホールを出て、マンションの前にある道路へと出ると、ちょうどそこへシルバーのBMWが突っ込んできた。タイヤとアスファルトが擦れる耳障りなブレーキ音。助手席の扉が乱暴に開けられる。


「乗れ!」

 助手席から降りてきた体の大きい男に、投げ飛ばされるように後部座席へと押し込まれる。


 その乱暴さに文句を言おうかと助手席へと身を乗り出そうとした途端、全身に重力を感じ、後部座席のシートへと体が張り付いた。


「おいっ、あいつはどうするんだ。まだ、あいつはまだ中で……」

 そこまで言った時、俺は口を噤んだ。

 いや、噤まざる得なかったといった方が正しいだろう。

 先程、俺のことを後部座席へと無理矢理押し込んだ男が、こちらに拳銃の銃口を向けてきたのである。


「兄さん、ちょっと黙っていてくれないか」

 ドスの利いた声だった。


 嫌な予感がした。

 そう思った時には、振り上げられた拳銃の銃把が首筋に叩き込まれていた。

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