第8話 迎え

 物音で目を覚ました。

 ソファーから起き上がると、闇の中で不気味に光るデジタル時計へと目をやった。時刻は午前1時を少し過ぎた頃だった。


 静かに響く振動音。ガラス製のテーブルの上で、マナーモードにしておいたスマートフォンが小刻みに震えていた。


 スマートフォンに手を伸ばし、ディスプレイへと目をやる。

 非通知。

 その文字だけが、ディスプレイには浮び上がっていた。


 電話に出るべきか悩んだ。知り合いからの電話であれば、わざわざ非通知設定で電話を掛けてくる必要もないはずだ。

 普段であれば無視を決め込んでいた。

 だが、何となく胸騒ぎがし、携帯電話を耳に当てた。


「佐久間だ」

 いつだって、この男の電話は唐突だった。

 そして、どこかで自分の事を監視しているんじゃないかと思えるタイミングで電話を掛けてくる。


「面倒ごとに巻き込まれたようだな、南雲」

「ああ……」

「まさか、飯島が殺されるとはな」

 やはり、佐久間は飯島が殺された事を知っていた。自分の周りで起きていることは全て、この男に知られている。そんな風に感じる時もある。


「いま、お前のところに人を向かわせた。あと15分もすれば着くだろう」

「それって、どういうことだよ。俺の居場所知っているのかよ」

「知っているさ。西村美穂のマンションだろ、自由が丘にある。その場所は、もう危険だ。迎えの人間を送った。その人間がそちらに着き次第、一緒に別の場所へ移ってもらう」

「あんたは何でも、お見通しってわけか」

 皮肉交じりの言葉。なぜか俺は苛立ちを覚えていた。


「お前の居場所を私が知っているという事は、どこからか情報が漏れているっていうことだ。だから、その場所にお前を消すための暗殺者が送り込まれる可能性はないとは言い切れない」

「わかったよ。わかった。それで、俺は何処へ行けばいいんだ」

「迎えに来る人間の指示に従え」

 電話は一方的に切られていた。俺は暫くの間、電話が切られていることに気付かず、佐久間のことを電話口で罵っていた。


 佐久間からの電話が切れてから15分も経たないうちに、インターフォンが鳴った。

 インターフォンについている画面を覗くと、ウエスタンハットを被った若い男がカメラに向けて冷たい視線を送っていた。


 インターフォンに向かって「いま行く」と短く告げ、電話の脇にあったメモ用紙にボールペンで美穂宛のメッセージとして「ありがとう」と一言だけ残し、美穂の部屋を後にした。


 ドアを開けると、ウエスタンハットの男が無言のまま立っていた。

 黒いシャツに、黒革のパンツ。もちろん、頭に被っているウエスタンハットも黒で統一されている。

 奇妙なファッションセンス。

 男の姿は闇に蠢く死神のようであった。


「クールなファッションをしているな。まるで死神のガンマンみたいだぜ」

 できるだけフレンドリーに話し掛けたが、それは無駄な事だった。

 男はその言葉に応えることなく、無言でエレヴェーターホールへ向かって歩きはじめた。


 後ろから見て初めてわかった事だが、男の腰には妙な膨らみがあった。おそらく、ホルスターの膨らみだろう。佐久間が丸腰の人間を迎えに来させるわけが無い。

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