第7話 美穂(3)
この女が美穂であり、これが美穂の出会いだった。
美穂とは後にも先にも、肉体関係を結んだこともなければ、恋愛関係に落ちたこともない。出会ってからの二人の関係は、ずっと友人だった。
今回、美穂が俺の事を受け入れてくれたのも、俺がどういう人間かということを知っているからだろう。そうでなければ、そうやすやすと部屋に男を上げたりはしないはずだ。
しかも、俺は美穂に電話で二、三日匿ってくれとまで頼んでいた。
そんな我がままも容易に受け入れてくれる美穂は、俺にとって大事な友人であることは確かであった。
「わたし、今日は早出で、もう仕事に行かなくちゃいけないから、ご飯は適当にあるもので作って食べてね」
美穂がクローゼットの前で着替えながら、俺に言う。
「すまない、突然押しかけたりして」
「そんな言葉、南雲らしくないよ。全然、気にしないで自由にしていいからね」
「悪いな。そうだ、お前に預けていた物って何処にある?」
美穂の家に匿ってもらった理由。もちろん、一番頼れる友人であるからということは大前提であるが、もう一つ理由が存在していた。
「ああ、あれね。台所のシンクの下に入れてあるわよ」
「ありがとう」
その言葉を聞いて、台所へと向かう。
美穂の言葉どおり、シンクの下に預けておいた紙袋は存在した。
紙袋は結構な重量であった。
美穂のことを信用していないわけではないが、確認のために開封されていないかチェックをする。袋の口を止めたテープは剥がされた形跡もなく、開封して中身を見たということは無さそうだった。
「じゃあ、わたし行って来るからね。留守番、お願いね」
顔に薄化粧を施した美穂は投げキッスの真似をすると、部屋を出て行った。
これから美容室へ行き、仕事用の髪のセットや化粧をするのだろう。
美穂が戻ってこないことを確認すると、さっそく紙袋を開けることにした。
中身は、美穂に知られてはならない。美穂が紙袋の中身を知れば、俺の事を軽蔑するだろうし、こんな物を預かるのは嫌がるだろう。
紙袋の中には黒光りする鉄の塊が入っていた。
回転式のリボルバー拳銃。
護身用として持っておきなさいと、飯島が俺に与えた物だった。
だが、俺はこの拳銃を持ち歩かずに紙袋にいれて封をし、美穂に預けていた。
自分の手もとに、この拳銃を置いておくのが怖かった。
これを手にしたら、いまの自分には戻れない。それがわかっていた。
だから、拳銃を自分の手元には置かず、美穂に預けていた。
拳銃とは一番遠い存在となるであろう美穂に。
拳銃と一緒に紙袋の中に入れてあった、銃弾と肩から吊り下げるタイプのホルスターを取り出すと、紙袋は丸めてゴミ箱の中へと放り込んだ。
もう、美穂に預けておく必要はない。
そう考えて、紙袋は捨てた。
拳銃に弾を込め、残りの銃弾は着ていたコートのポケットへと放り込んだ。
弾を込め終わったリボルバーはシャツの上に装着したホルスターに収め、その上からコートを羽織る。
姿見の前に立ち、違和感がないか確認をする。
多少の膨らみはあるものの、別段に違和感はなく、まさかコートの下に拳銃を収めているなどとは、誰も思うことはないだろう。
確認を終えるとコートを脱ぎ、ホルスターを外すと、コートで包み込むようにして隠した。
携帯電話が鳴った。
液晶ディスプレイには、飯島組の番号が表示されている。
親指で着信ボタンを押して、相手が喋るのを待った。
「もしもし、南雲か?」
聞こえてきたのは、若頭の加納だった。
「銀座の寿司屋で、組長の死体を確認した。胸に一発、腹に一発だった。胸の方が致命傷になったらしい。銀座署の連中が動いているようだが、おそらく犯人を見つけることはできないだろうな。ところで、お前は犯人を見たのか?」
「覆面をつけた二人組が襲撃犯だと、言わなかったか」
「ああ、そうだ。そうだった」
この時、俺はどこかに違和感を覚えていた。
だが、この時はその違和感が何処にあるのかわからなかった。
「南雲は犯人をどう見る?」
「わからないな。ただ、ある程度射撃の訓練を受けたことのある人間たちだろう。きちんと狙いを定めて、発砲している。素人ならば、あんな風に3人も殺せない」
「なるほど……」
「加納さんは、どう見ているんだ?」
「襲撃犯を送り込んできたのは、海田の連中じゃないかと思っている。先月も、うちの若いのと海田の若いのが揉めて一触即発の事態になったからな。海田なら、組長を襲う理由になる火種がある」
加納の言う海田の連中というのは、いまこの街で飯島組と二大勢力といわれる暴力団組織のことである。
この街には、飯島組と海田組の他にもいくつかの暴力団組織が存在するが、そのほとんどの暴力団組織が、飯島組か海田組の息の掛かった組織であった。
「そういえば、南雲はいま何処にいるんだ?」
「自由が丘。友人のところに匿ってもらっている」
「そうか、わかった。取り合えず、犯人の目星がつくまでは、そこを動かない方がいいだろうな。お前は犯人を見ているんだから、狙われる可能性が高い」
「ああ、わかっている」
どこかに違和感を感じながら、電話を切った。
この違和感は何なのだろうか。
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