第4話 自由が丘

 望んでいた形とは違ったものの、俺は自由を手に入れた。

 水槽の中にいた熱帯魚は、水槽から飛び出す事に成功したのだ。

 熱帯魚は鳥に生まれ変わり、自由を求めて大空へと飛び立つ。

 そんな幻想を抱いていたが現実には、まだ自由を手にする事は出来てはいなかった。



 雅寿司から出た俺は、大通りに出てタクシーを拾った。

 メルセデスはコインパーキングに預けたままにしておいた。

 きっと加納か飯島興業の誰かが回収するだろう。


 タクシーは自由が丘へと向かっていた。自由が丘には友人の住むマンションがある。タクシーの中で携帯電話を使い、自由が丘のマンションに住む友人へ連絡を入れた。

 まだこの時間なら家にいるはずだ。


 3コールもしないうちに美穂は電話に出た。

 声からしても寝起きであるという事がよくわかった。


 俺は美穂に眠っていたところを邪魔してしまった事を謝罪し、いまからマンションへ向かう事を告げて電話を切った。


 タクシーを美穂のマンションから少し離れているコンビニの前で降りた。

 念には念を入れる必要があった。足取りをたどられるわけにはいかない。

 コンビニに入り、自分と美穂の食料を買った。


 本来なら、今頃は寿司で腹を膨らませていたはずだった。


 コンビニから美穂のマンションまでは、道を真っ直ぐ行けばいいだけであったが、尾行がないか確かめるために路地へ入ったりして、いつもの3倍の時間を掛けてマンションへ辿り着いた。


 マンションに入ると、エレヴェーターに乗り最上階である13階のボタンを押した。

 美穂の部屋は10階だが、用心のために最上階までエレヴェーターで行くようにして、目的地がわからないようにした。13階からは階段を使い10階へと下りる。10階についてからも警戒を解く事は無く、一度、美穂の部屋の前を通り過ぎてから、もう一度戻るといった事をした。


 十分すぎる警戒かと思われるかもしれないが、これでも足りないぐらいだと俺は思っている。自分の一番身近な人間を殺害されれば、わかるはずだ。


 辺りに誰もいないことを確認してから、美穂の部屋のインターフォンを押した。

 数回の電子音が鳴り、静寂が訪れる。

 そして、数秒後にインターフォンから聞き覚えのある女の声が聞こえてきた。


「はい?」

「俺だ、南雲」

「いま開けるから、待ってて」

 インターフォンが切られ、廊下を歩く足音が聞こえてくる。

 ドアが開き、美穂が顔を出した。

 美穂は黒いタンクトップに下着という恰好だったが、お互いにそれについては気にすることはなかった。


「結構早かったね。入って、入って」

「突然で悪かったな」

「いいの、いいの。困った時はお互い様でしょ。それにわたしは、南雲くんに借りがあるから」


 美穂の仕事はホステスだった。いまは六本木にある店で働いている。

 このマンションは、その店に来る常連客のひとりであり、生活費の一部も出してくれているとのことだった。

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