第2話 雅寿司

 メルセデスの行き先は、銀座にある飯島が贔屓にしている寿司屋であった。

 一週間に一度のペースで顔を出す店である。

 寿司の値段はわからないが、銀座という場所柄からして、安い寿司屋ではないことだけは確かだった。


 予約の電話は飯島が自分でした。

 飯島はそういった事をあまり人にやらせたがらない。

 お陰で俺は余計な事をする必要も無く、運転に集中する事ができた。

 平日という事もあり、道は空いていた。


 普段であれば30分は掛かる道を10分足らずで銀座に着く事ができた。

 ハザードを焚いてメルセデスを飯島の行き着けである「雅寿司」の前に停めると、寿司屋の中へ入って行く飯島の背中を見届けてから、近くにあるコインパーキングへと向かった。


 飯島と離れていたのは、時間にして5分もなかった。

 メルセデスをコインパーキングへ入れた俺は、徒歩で雅寿司へと戻った。


 雅寿司の引き戸を開けると、店内の様子がいつもと違っていた。

 いつもならば、大将の威勢のいい声が聞こえてくるはずなのだが、今日に限っては店内が静まり返っていた。


 最初に目に飛び込んできたのは、床に倒れている飯島の姿だった。

 着ている和服には大きな赤黒い染みが出来ている。


 慌てて飯島に駆け寄ったが、既に息は途絶えていた。

 赤黒い染みは、腹部と胸部の二箇所から広がっており、額からもおびただしい血が流れ出ていた。


 恐らく額の出血は、倒れた時に頭を打ち付けて起きたものだろう。

 目を見開いたままの飯島の顔をそっと撫でて目を瞑らせてやっていると、奥にある座敷席の方から物音が聞こえてきた。


 自然と体が強張る。

 もしかしたら、飯島を殺した襲撃者がまだ潜んでいるのかもしれない。


 俺は慌ててカウンターの向こう側に飛び込んだ。

 ここならば、座敷席からは死角になるはずだ。


 カウンターの内側には、雅寿司の大将と若い職人が倒れていた。

 大将は頭を撃ち抜かれており、脳漿を撒き散らして死んでいた。

 若い職人の方は胸の辺りを撃たれたらしく、両手で胸元を押さえるようにして体を丸め込んだまま冷たくなっていた。


 死体を見るのは初めてというわけではなかった。

 だが、一度に三人の死体を見たのは初めての事である。


 恐らく、襲撃者は一人ではないだろう。

 一人ではここまで手際よく殺しを出来るはずがない。

 襲撃者は二人以上いるはずだ。それに銃の扱いにも慣れている。


 声がした。

 カウンターの隙間から座敷席の方へと視線を送ると、障子の向こう側に黒い影が二つあった。やはり、襲撃者は一人ではなかったのだ。


「やっぱりいないな。今日は一緒じゃなかったのかもしれねえよ」

「馬鹿野郎。余計な口を開くんじゃねえよ。もし、まだ人がいたりしたら気づかれちまうだろうが」

「でも、いなかったじゃんかよ。あまり長居して、他の客が入ってきたりしても面倒だから、さっさと引き上げようぜ」

「余計な口を利くんじゃねえって言ってるだろうが。引き上げるかどうかは俺が決めるんだよ。お前が仕切るな」


 障子が突然開けられた。

 俺は咄嗟に体を低くしてカウンターの陰に隠れた。


 一瞬ではあったが男の顔を見ることが出来た。

 長身で面長な男と小太りで丸顔の男だ。

 二人の手にはサイレンサーを装着した拳銃が握られていた。

 飯島たちを殺害したのは、この二人で間違いないようだ。


「よし、引き上げるぞ。店を出る時に顔を見られたりするんじゃねえぞ」

「わかってるよ、そんなこと」


 二人の声が遠くなっていくと、店の引き戸が開けられる音がし、男たちの気配は完全に店の中から消えた。


 念には念を入れて、頭の中で十秒数えてから俺は立ち上がった。

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