第13話 バーバリック視点:沼穴に潜む恐怖


 翌朝。薄暗い鍾乳洞――

 危険度A級難関ダンジョン【腐毒の沼穴】に、バーバリックの笑い声が響く。



「ガハハハ! やっぱオレさまはツエェェなっ!」



 バーバリックはムカデ型のモンスターをマジックソードで切り伏せると、後ろからついてきたパーティーメンバーに声をかける。



「チンタラ歩いてるんじゃねぇ! てめぇらピクニック気分か? 今日中にこのダンジョンクリアすんだからよぉ!」



 バーバリックは氷属性が付与されたマジックソードを腰に提げた鞘に収める。

 剣で切り伏せたムカデは初めて見るモンスターだった。だが、モンスターの生態なんてどうでもいい。

 身には魔法レジストが施された青い甲冑を着ており、攻防においてこのバーバリック様が後れを取るはずがない。

 そんな自負もあってか、魔法の地図を手にしたバーバリックは1人でズンズンと前に進んでいく。



「あの根暗にゃ負けられねぇ……」



 バーバリックをリーダーとするゴールドランクの冒険パーティー。

 メンバーのすべてが金で雇われた臨時の冒険者だった。

 今までの仲間はイノの脱退を聞いて消えていった。

 どいつもこいつもしゃくに障る。オレこそが最強なのに……!



「バーバリックの大将!」



 バーバリックが1人で先頭を歩いていると、頭巾をかぶった男シーフが小走りでバーバリックに追いついた。



「足下に気をつけてくださいよ。このダンジョン、壁もヌルヌルしてて足下も水浸しでさぁ。雇い主が転んで死んだとか、冗談でも笑えねぇ」


「わかってんよ。けど、この水……毒ってわけでもないんだろ?」


「ええ。【腐毒の沼穴】ってくらいだから毒のトラップを警戒してましたけど、今のところそれらしい仕掛けも見かけません」


「なら気にすることはない。噂はしょせん噂に過ぎなかったってことだ。なぁに心配いらねぇ。このバーバリック様がいる限り、ウチのパーティーは無敵だかんな!」



 シーフの忠告も聞かず、バーバリックは意気揚々と前進する。

 と、そこで道の先にある広間に光る何かが積まれていることがわかった。

 男シーフがランタンを掲げて近づく。



「ビンゴ! お宝の山ですぜ!」


「へへっ。根暗オタク女とは違って、やっぱ頼りになんなぁ、魔法の地図は!」



 バーバリックたちの目の前に現れたのは、金銀財宝にマジックアイテムの山だった。

 バーバリックは自動筆記機能がある魔法の地図を使い、見事お目当ての財宝を発見した。


 イノはゴチャゴチャとよくわからないことを呟いて、いつも遠回りをさせてきた。

 急がば回れ。広くて平坦な道はモンスターも通る。

 避難経路を確保しつつ、物陰に身を隠しながら進もう……とかなんとか。

 今回も回り道でもしてチンタラと探索を続けているだろう。


 だが、バーバリックは面倒が嫌いだった。

 だから、魔法の地図の【ナビゲート】機能を頼りに最短最速でお宝を目指した。

 結果はご覧の通り。やはりイノはいらない人材だったのだ。



「これでオレはまた強くなれる……」



 バーバリックは装備するだけで手軽にパワーアップできるマジックアイテムの虜だった。

【腐毒の沼穴】は難攻不落のダンジョンとして有名だったが、数多くのマジックアイテムが眠るとされる。

 このままお宝を持ち帰ればオレの勝ち。誰もがオレを賞賛する。

 バーバリック様の栄華はここに極まったのだ。



「よし! 袋に詰められるだけ詰めて帰るぞ」


「へい!」



 バーバリックと男シーフはバックパックを広げて財宝を詰めまくる。

 そこでふと気がついた。



「あん? ……やけに静かだな。他の連中はどこに行ったんだ?」



 顔を上げたバーバリックが男シーフに問いかける。


 だが、男シーフの姿も忽然と消えていた。

 財宝が詰まったバックパックだけが残されている。



「ど、どういうことだこいつぁ!」



 さすがのバーバリックも異変に気がついた。

 マジックソードを抜き、周囲を警戒する。

 だが、辺りに仲間の気配もモンスターの影も見当たらない。



 ――――ピチャリ。



 天井から落ちてきた水滴の音が広間に響く。



「ちっ! 気味がわりぃっ!」



 欲しいものは手に入った。どうせメンバーは金で集めた日雇いだ。

 バーバリックはパーティーメンバーを見捨てて、来た道に戻る。


 だが――



「お、おかしい。確かにこっちの道で合ってるはず!」



 バーバリックは行き止まりにたどり着く。

 魔法の地図が指し示す退路は、この道で合っているはずなのに。


 もしかして上下逆さまに見ていたのか?

 いや、そんなヘマをやらかすはずがない。

 悪いのはオレじゃない。この地図だ!



「くそっ! 使えねぇ地図だぜ!」



 バーバリックは魔法の地図を投げ捨てると、仕方なく元の道に戻ることにした。

 しかし、そこでバーバリックは不思議な感覚に襲われる。



 ――――フワリ。



 体が宙に浮いたのだ。



「いや、違うっ。オレは落ちてるのか――!?」



 さきほどまで床があったはずの場所には、いつの間にか大穴が広がっていた。

 自然落下したバーバリックの身体が地面にたたき落とされる。



「ぐぇっ!」



 青い甲冑越しに落下の衝撃が伝わり、バーバリックはうめいた。

 急いで立ち上がろうとするが、それも叶わない。

 鳥もちのような粘着質の何かに、身体が捕われている。



 ――――カラン。



 遠くに落下したランタンが周囲を照らす。

 そこにはさきほどまで一緒だった男シーフ、それと他のパーティーメンバーがいた。

 


 鳥もち――スライムに喰われて窒息してる者。

 酸性の湧き水で身体が溶かされている者。

 ムカデ型のモンスターに群がられている者……。


 消えたと思ったパーティーメンバーは、いつの間にかトラップにハマっていたのだ!



「くそったれ! こんなところでやられてたまるかよ!」



 バーバリックは甲冑を脱ぎ捨て、スライムトラップから脱出した。

 落下の衝撃でマジックソードは遠くに飛ばされている。酸で溶かされて使い物にならない。

 たった1人では、メンバーの力を底上げする【カリスマ】スキルの効果も意味がない。



「どいつもこいつも使えねぇな! 他に何かないか、なにかっ!」



 残るマジックアイテムは、聖なるタリスマンと水の減らない水筒だ。

 バーバリックは、ワラにもすがる思いでタリスマンを握りしめた。



「オレを助けろ、クソ神ヤロウ! 金ならいくらでもやるから!」



 じわりじわり、とスライムやムカデ型のモンスターが迫ってくる。

 酸性の湧き水が床を満たし始めた。ブーツが溶けていく。




「チクショォォォォォォォォォォォォッ!」




 バーバリックの慟哭が深い闇の中に空しく響く。

 彼を助ける仲間の姿はどこにもなかった…………。




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 バーバリック視点はここまで。次回はイノ視点に戻ります。

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