第11話 一触即発。それぞれの想い


 豪奢な内装が施されたホワイトブルーム家の執務室。

 私はそこで思わぬ人物との再会を果たす。



「どうしてバーバリックがここに?」


「それはこっちのセリフだ。生きてる間はオレの前に顔を出さないんじゃなかったか?」



 ソファーに座ったままのバーバリックが私を睨む。

 すると、セリスさんが一歩前に出て私を護る。



「わたくしのイノさんに向かって、なんですかこの無作法者は。衛兵、このお猿さんを外に追い出してくださいまし」


「こらセリス。ゴールドランクの冒険者さんに失礼だろう」



 セリスさんの啖呵にお父さんは大慌て。額に浮かぶ汗をハンカチで拭う。



「失礼しました、バーバリック殿。ウチの娘がとんだご無礼を」


「ふん。しつけがなってねぇな。オレが手伝ってやろうか」


「滅相もないっ」



 セリスさんのお父さんはこれまた慌てて首を横に振る。

 それから困ったように眉尻を下げて、闖入者であるセリスさんに話しかける。



「セリス。いまは大事な会議中だ。用があるなら後にしなさい」


「サクランボ・モモクイジィーヌ曰く?」


「はぁ…………。そこで私の大好きな詩人の名前を出すとは。わかった。手短に話せ」


「では、用件だけ述べます」



 どうやら娘の方が大事らしい。

 お父さんに促されたセリスさんは背後に控えていた私を紹介した。

 私は慌てて頭を下げる。



「あっ、い、イノ・ランドマイルズです」


「お初にお目にかかります。セリスの父、です」


「ど、どうも」



 私がもう一度頭を下げると、様子を見ていたバーバリックが「はっ」と鼻で笑っていた。

 かなり態度が悪いな。ゼロノアさんとどういう関係なのかも気になるが、今は……。



「わたくし、こちらにいるイノ・ランドマイルズさんとパートナー契約を結ぶことにしましたの」



 セリスさんはそう言って父親であるゼロノアさんの前に封書を差し出す。



「この契約は、イノさんが所属しているオランドの冒険者ギルドも承知しておりますわ」


「ふむ……。なるほど、カーミラのギルドか」



 封書の中身を確認したゼロノアさんは苦虫を噛みつぶしたような顔で呟く。



「お知り合いなんですか?」


「カーミラは古くからの知り合いでね。彼女がギルド長になる前に何度かやり合ってるんですよ。ウチは貿易で生計を立てているのですが、カーミラは先物を取り扱うのが上手で……」


「こほんっ。お父様」


「おっと失礼。昔話をしてる暇はなかった」



 ゼロノアさんは封書をテーブルの棚にしまうと、セリスさんに向き直る。



「話はわかった。イノさんとパートナー契約……つまりはペアでのパーティー契約を行うというわけだな」


「左様です。契約は長期にわたるでしょう。もしかしたら一生おそばにいらっしゃるかも。きゃっ」



 どうしてそこで恥ずかしがった。

 が、私は場の空気に飲まれてツッコム余裕はない。


 カーミラさんに言われてセリスさんの実家側の許可をもらいに来ただけ。

 とにかく早いところサインを貰って帰りたい。ドレスは窮屈すぎる。


 そうやって私が黙っているとゼロノアさんは首を横に振った。



「却下だ」


「どうしてですの!?」


「そもそもの話、私はセリス……おまえが冒険者になることを認めていない」


「えっ? そうなんですか?」


「そ、それは……」



 思わぬ事実に口が出る。今度はセリスさんが黙る番だった。



「セリスは子供の頃から外の世界に憧れておりましてな。屋敷を訪れる冒険者の話を聞いてるうちに、彼らのまねごとをするようになったのです」



 これまたどこかで聞いたことのある話だ。

 私も幼い頃から冒険に憧れて、やがて冒険者として旅に出た。



「あまりにもうるさいので魔法学院に入学させたのですが、それがいけなかった。セリスは学院に通いながらこっそりと冒険者ライセンスを取得していたのです。そうして気がつけばプリーストとして冒険に出るようになったのですが……」



 ゼロノアさんはそこで深いため息をつく。



「冒険者としての才能がなかったのでしょう。いつまで経ってもブロンズクラスのまま。噂では人様に迷惑もかけているとかで。恥ずかしいのですぐ家に戻るように言っているのですが……」


「その噂は根も葉もありませんわ! わたくしは精一杯努力しておりますのよ」


「努力しただけで成功するなら、この世の人間は全員億万長者だ。おまえもよく知っているだろう。神より授かりし優れたユニークスキルこそが人生の成否を分けるのだ」


「お父様はいつもそうですわ。才能こそがすべて。生まれで優劣は決まると」


「当然だ。それが世の真理だからだ!」



 セリスさんとゼロノアさんの口論がヒートアップする。

 するとそこで、黙って話を聞いていたバーバリックが手を叩いた。



「あははは! ゼロノアの旦那はよくわかってる。やっぱり世の中は優れたヤツが中心に回すべきなんだよ」



 バーバリックはソファーから立ち上がると、セリスさんの身体をじろじろと見ながらニヤリと笑う。



「どうだいお嬢様、オレを雇わねぇか?」



 親子げんかに口出すつもりはなかったが、バーバリックが出てくるなら私も動かざるをえない。

 私は前に出てバーバリックを睨みつける。



「どういうつもり?」


「ゼロノアの旦那はこう言っている。名前も聞いたことのない無能冒険者ごときに娘は任せられないってな」


「わ、私はなにもそこまで……」


「まあまあいいんだよ。わかってる。お嬢様のツレだからって遠慮してるんだろ? けど、こういう勘違い女にはガツンと言ってやらないとな!」



 バーバリックはそこで私を睨み返してくる。



「てめぇは落書きしか能のないオタクだろ? 強いマジックアイテムのひとつも持ってねぇお荷物だ。三度もパーティーを追い出されてる問題児でもある」


「最後のはあなたが一方的に追放したんでしょ」


「そうだっけか? 忘れちまったな!」



 バーバリックはガハハと笑うと、ゼロノアさんの方に向き直った。



「オレならお嬢様を護ってやれます。なんせゴールドライセンス持ちの最強冒険者だ。何の心配もいらねぇ」



 バーバリックはそう言うと、今度はセリスさんに語りかけた。



「お嬢様もオレを頼りなって。そうすりゃ冒険ごっこの続きができるぜ。何なら一生そばにいてやってもいい」



 バーバリックの提案にセリスさんは……。



「お口がくせぇですわ。それ以上顔を近づけないでくださいまし」


「なっ!?」


「わたくしの生き方はわたくしで決めます。パートナーもすでに決めておりますの。イノさん以外にありえませんわ」



 セリスさんはそこで逆にバーバリックを睨み付けた。



「よくもまあイノさんの悪口ばかり並べてくださいましたね。あなたは何もわかっていません。イノさんこそが最強の冒険者ですわ!」


「ほぉ……? こいつのどこを見てそう思うんだ」


「すべてです!」



 セリスさんはグッと拳を握りしめて叫ぶ。



「わたくしはイノさんに命を救われました。自らの命を顧みず他者を護ろうとする気高き志は、まさに勇者の証。イノさんの言動は慈愛にあふれ、その考え方は理性的で思慮深い。自らを大きく見せることもなく、謙虚で可愛らしいところも素敵ですの。どこぞのお口くさいお猿さんとは大違いですわ」


「せ、セリスさん。褒めてくれるのは嬉しいけどそれくらいで……」



 まさかここまで持ち上げてくれるとは。売り言葉に買い言葉なんだろうが恥ずかしい。



「はははは! こいつはいい。傑作だ。イノが勇者? とんだ勘違いお嬢様だぜ!」



 よほどツボに入ったのか、バーバリックは大声で笑い声をあげる。



「いいぜ。それなら証明してみせろよ。イノがオレより優れてるってところをな」



 バーバリックはそこで懐から羊皮紙を取り出す。

 あれには見覚えがある。私をパーティーから追放した原因となった魔法の地図だ。



「明日、オレは【腐毒の沼穴】を攻略することになってる。ゼロノアの旦那もダンジョンに眠るお宝が欲しいみたいでな。手を組むことになったんだ」


「それがいったい、イノさんとどう関係するんですの?」



 セリスさんの疑問に私が答える。ため息まじりに。



「どちらが先にお宝を見つけるか勝負しろって言うんでしょ」


「そういうこった。オレさま自慢のマジックアイテムで、イノ……てめぇの鼻を明かしてやるよ」


「そんな勝手に困ります!」



 勝手に話が進んでしまい、ゼロノアさんが悲鳴に似た叫び声をあげた。



「確かに私は【腐毒の沼穴】に眠る骨董品を手に入れるため、バーバリックさんに探索依頼を出しました。報酬として探索中に発見したマジックアイテムはあなたに差し上げます。ですが、それと娘の件は関係ないでしょう」


「それがもう関係あるんだなぁ。オレ、お嬢様気にいっちまった。胸がでけぇところがいい」


「なっ!?」


「ここで暴れてもいいんだぜ。そんときは家のお宝と一緒にお嬢様もいただいていく」


「むちゃくちゃだ!」


「そうならねぇようにオレの言うことを聞けってんだよ!」



 バーバリックは場を支配しようと、ドン! とテーブルを叩く。



「なぁに安心しな。オレが勝ってもお嬢様には手を出さねぇ。オレとイノの勝負を邪魔しなければいいんだよ。お嬢様もてめぇで吐いたツバを飲み込んだりしねぇよな?」


「当然ですわ。ですが……」



 セリスさんはチラリと私の顔色をうかがう。

 私は一方的に巻き込まれたかたちだ。私が話に乗る理由はない。


 私が勝てば私の優秀さが証明される。

 バーバリックが勝てば私は無能の烙印を押されてお役御免。


 けれど、それだけの話だ。

 私に得はなく、これといったペナルティはない。

 ギルドに戻ってコンダクターとしての仕事を続ければいいだけの話。

 なのだが……。



「わかった。バーバリック、あなたと勝負する」




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 ちょっと長めでしたね。次回はサービスシーンもあります。

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