第10話 お嬢様の帰還。そして過去との再会


 二日後。私はなぜか高級そうな馬車に揺られていた。


 座席の向かいに座るのはセリスさんだ。白を基調としたドレスを着ている。

 私もまた青色のドレスを着せられていた。

 ドレスはギルド長からお借りして、リセ先輩に頼んでメイクもしてもらっている。


 どうして私がこんな格好をしているのかと言うと……。



 ◇◇◇



「決めましたわ。イノ・ランドマイルズさん。あなたをわたくしのパートナーに任命します!」


「えっ!? パートナーっ!?」



 洞穴ダンジョンの出口にある冒険者用の休憩小屋にて。

 セリスさんの発言に驚いて大声をあげる私。

 隣で聞いてたリセ先輩が興味深そうに話に割って入る。



「パートナーってどういうことですか? まさかイノさんを婚約者にするんですか!?」


「違います。イノさんをわたくし専属のサポーターとして雇いたいというお話です」



 セリスさんの言葉に私もリセ先輩も顔を見合わせる。



「ごめんなさい。お誘いは嬉しいけど、これでも一応はギルド職員だから」


「イノさんに抜けられたら仕事が滞っちゃいますよ。コンダクターのお仕事もせっかく始めたばかりなのに」


「イノさんがギルドにお勤めなのは存じております。ですので、ギルドを通してイノさんに協力を仰ぎたいのです」



 セリスさんはそう言うと銀の錫杖を胸に抱きしめた。



「わたくしは見ての通り、可憐で麗しい絶世の美少女。ですが不運なことにこれまで一度もクエストを達成したことがなく、万年ブロンズクラスに甘んじておりますわ」


「ちょっと失礼」



 リセ先輩は親指と人差し指で輪っかを作ると、その輪っかを通じてセリスさんの顔をのぞき見た。



「【鑑定アイデンティファイ】」



 リセ先輩が彼女自身のユニークスキルを発動する。


鑑定アイデンティファイ】はモンスターの強さや冒険者のステータス、物品に秘められた価値を見抜く看破スキルだ。

 持ち込まれたお宝の真贋を判別したり、冒険者の来歴査証を見抜いたりできるので鑑定スキル持ちは各ギルドで重宝されている。



「確かにセリスさんはブロンズクラスみたいですね。ギルドに登録したのは1年前で、持っているスキルは【祝福】と【治癒】、それと【解毒】です。ユニークスキルは……」



 セリスさんのステータスを鑑定し終えたのだろう。リセ先輩が眉間にしわを寄せる。



「【】? 聞いたことのないスキルですね」


「その【七転び八起き】というユニークスキルが大問題ですの」



 セリスさんは錫杖をぐっと握りしめる。



「【七転び八起き】は7度不幸に見舞われる代わりに8度目で幸運が舞いおりるという、はた迷惑な効果がありますの。このスキルのせいで今まで失敗を繰り返してきました。実際にどのような不幸が起きるかはイノさんもご存じのはず」


「レッサードラゴンの尻尾を踏んだり、とかだね」



 被害に遭った際、セリスさんは自分のことを薄幸の美少女とか言ってたけど間違ってなかったのか。



「でも、8度目にはラッキーなことが起こるんだよね」


「ええ。しかし、その幸運な出来事というのが商店街のクジ引きに当たるとか、急に空が晴れるみたいな割に合わないことばかりですの!」



 セリスさんはそう叫ぶと握っていた錫杖、その先端に彫られた女神像を恨めしそうに睨んだ。



「ユニークスキルは神から与えられしギフト。信心深い我が家では神からの恩寵に文句を言うこともできず、わたくしは愛と勇気と根気で実力を補い、このクソ……失礼、お排泄物みたいなスキルと向き合ってきました」


「どこかで聞いたことのある話だなぁ」



 私のユニークスキル【万歩計】もカススキル呼ばわりされてたんだよね。



「しかし、もう後がありません。これまでクエストに失敗し続けた結果、ブロンズライセンスも剥奪されそうなんです」


「クエスト失敗でライセンスの剥奪とかあるんだ。規則違反で没収、とかは聞いたことあるけど」



 私の問いかけにリセ先輩が頷く。



「失敗によるペナルティーがあるのは初心者冒険者さんだけですね。ブロンスクラスは試験採用みたいなもので、冒険者適性がないと判断されちゃうんですよ」


「ああ、トライアルに失敗しちゃった扱いになるんだ……」



 人ごとではない。私だって試験採用中の身だ。

 帰ったらギルド長のカーミラさんになんと言われるか。



「今回のクエストは参加条件がブロンズでしたでしょう。アンブロシアの花で基礎能力を向上しようと思っていたので、渡りに船と手を上げたのですわ」


「初心者冒険者に地図作成を教えるのが目的だったからね」


「クエスト達成条件もユルユルでしたので、今回こそいけると思ったのですが……中断したので失敗扱いになるでしょう。地震が起きたのも、もしかしたらわたくしのせいかもしれません」


「それは違うって。天災はいつどこでも起こりうることだよ」


「そうですよ。セリスさんが気に病むことはありません」


「イノさん、リセさん……。ありがとうございます」



 私とリセ先輩とでセリスさんを励ます。

 セリスさんは気を取り直して私の顔を見つめた。



「おそらく次が最後のチャンスとなるでしょう。確実にクリアしたいので、イノさんにご協力して頂けないかなと」


「どうして私なの?」


「もちろんイノさんの才能を見込んでのことですわ。たった1人でダンジョンの奥深くから生還したそのタフネスさ。鋭い洞察力と深い知識。なにより」



 セリスさんは私が渡したアンブロシアの花弁を大事そうに握りしめる。



「とっさに身を挺してわたくしを護ってくださった、その勇敢さに惚れましたの。わたくし、あなたになら命を預けられますわ」


「そ、そうなんだ……」



 真っ正面から告白に似たことを言われて、思わず照れてしまう。

 私は照れ隠しのつもりで頬を掻きながら話を逸らす。



「確実にクエストをクリアしたいなら戦士でも雇ってモンスターを狩れば? 後ろから援護すれば参加扱いになるでしょ」


「すでに試しました。ですがそれも失敗して。それから、わたくしに関する妙な噂が広まったのです」


「妙な噂?」


「曰く、ゴブリン相手に回復の奇跡をかけるプリーストだとか。根も葉もないのに失礼しちゃいますわよね」


「ああ、うん……。そうだね……」



 おそらく前にギルドでセリスさんと言い争いをしていた戦士が噂を広めたんだろう。実害もあるので信憑性もある。



「気がつけば誰もわたくしの話を聞いてくれなくなりました。イノさんが最後の頼みの綱なんですの」


 セリスさんはそこで頭を下げる。



「イノさん。わたくしとパートナー契約を結んでくださいまし!」


「う~ん……」



 ここまで熱心にお願いされたら断りづらい。

 事情は汲んであげたいし、個人的にも手を貸したいのだが……。



「ひとまずギルドに持ち帰って上司に相談します。返答は明後日でいいかな?」



 なんてお決まりの文句で答えを保留にしたんだけど。



 ◇◇◇



「いいわよ」


 ギルド長のカーミラさんに相談したら二つ返事で了承された。



「けれど、相手があのセリスティアさんだとね。一度、ご実家にお伺いを立てないと」



 そう言ってなぜかカーミラさんは意味深に微笑んだ。



 ◇◇◇



 というわけで、私はセリスさんと一緒に彼女の実家へ同行することになったのだが……。



「おかえりなさいませ、セリスティアお嬢様!」


「はいはい。ただいまですわ」



 宮殿かと見まがうほどの豪華な邸宅のエントランスに、数十名ほどのメイドと執事が勢揃い。

 みんながみんなセリスさんに頭を下げていた。

 セリスさんは気取った様子もなく、自然体で赤い絨毯の上を進む。

 しかし、私はその場から一歩も動けずに間抜けな顔で口をパクパクとさせていた。



「どうしましたか。鳩が水魔法を受けたような顔をして」


「そりゃあ驚くでしょ。まさかセリスさんがこんな良いところのお嬢様だったなんて」



 口調は確かにお嬢様っぽかったけど、そういう成りきりキャラというか自分を偉く見せるための演技かと思っていた。

 だけど冷静に考えると、帝都の魔法学院を卒業したと言っていた。

 新米冒険者なのに着ている僧侶服も手にしている錫杖も高価そうだった。

 ただ残念なことに物言いがすべてを台無しにしていた。

 良家のお嬢様がアホなことを口にするとは思ってもみなかったのだ!



「セバス!」


「ここに」



 セリスさんが手を叩くと白髪の執事がセリスさんの側に控えた。



「お父様は?」


「執務室においでです」


「まったく。娘が顔を出したのにこれですか。いつもすぐ帰ってこいと言うくせに。いいでしょう、それならこちらから出向きます」


「ですが、いまはお客様との会談中でして……」


「セバス。こういうとき何と言うかおわかり? かの有名な詩人、サクランボ・モモクイジィーヌもこう言っていたわ」



 セリスさんは手にしていた羽扇子で口元を隠して微笑む。



「仕事とわたくし、どっちが大事なの? って」


「驚天動地! さすがはセリスお嬢様。なんというウィットに富んだお言葉なのでしょう。このセバス、感服いたしました。そうだろう、みなのもの!」


「「「「セリスさますごい! なかなかできる例えじゃないよ!」」」


「おーほっほっほ! 当然よ。だってわたくしは努力の天才ですもの!」


「なんだこれ……」



 セリスさんの素っ頓狂な言動が生まれた原因を垣間見た気がする。

 なるほど、こうやって甘やかされて育ったわけか。



「行きますよ、イノさん。大事なパートナーをお父様に紹介しなくては」


「あっ、ちょっとセリスさん。引っ張らないで。このドレス歩きにくいんだって」



 私はセリスさんに腕を引っ張られながら大理石の階段を上り、2階に向かう。

 セリスさんはためらうことなく、重厚な装飾が施された扉を勢いよく開いた。



「お父様! 愛しのセリスが帰ってきましてよ!」


「……っ! セリス!?」



 突然の娘の帰宅に、ちょびヒゲを生やした恰幅のいい中年男性が執務机から立ち上がる。

 彼がセリスさんのお父さんだろう。

 そして部屋の中央にあるソファーに座っていた男が、セリスさんではなく私の顔を見て笑う。



「おやおや。誰かと思ったらお嬢様の隣にいるのは根暗女じゃねぇか」



っ!?」



 バーバリック・デズモント。

 私が所属していた冒険者パーティーのリーダーがそこにいた。




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