第8話 緊急時こそ冷静に。万歩計スキルの出番です。

 ◇◇◇


 私の夢は幼い頃から変わっていない。

 地図の素晴らしさを世に広めること。

 そして、その地図を使って冒険の素晴らしさを人に伝えることだった。


 製図知識を教えてくれた村のレンジャーさんは、私に胸躍る冒険譚を聞かせてくれた。

 山ほどに大きな熊のモンスターを倒したとか誇張が過ぎる話が多かったけど、幼かった私は目を輝かせて話を聞いていた。


 病気がちで外出もままならなかった私は、人づてに聞く外の世界の話に強い憧れを抱いた。

 旅商人から貰った古い地図が宝物で、未知なる世界を夢想しながら毎日眠りに就いていた。


 歳を重ねて体力がついてきた頃、冒険への憧れはさらに強くなった。

 そして思うようになった。

 いつか私も世界へ旅立ち、面白おかしい冒険譚を人に聞かせたいと。

 ダンジョンの案内人、ダンジョンコンダクターという職業を思いついたのもこの頃だ。


 それから冒険者としての基礎を学び、体力作りに励んだ。

 若気の至りで吟遊詩人を目指した時期もあったけど、指が短くて断念した。

 音楽系のスキルもない。場をつなぐトークも下手だ。


 私が生まれたときに手に入れたユニークスキルは【万歩計】だった。

 使いどころのないスキルをどうにか冒険の役に立てようとして、やがて私はマッパーになった。

 地図が大好きな私の天職だと思った。


 けれど、マッピングの専門職なんて【万歩計】スキルと同じように使いどころが難しかったのだろう。

 冒険者パーティーを2度追放されて、最後は――




「イノ・ランドマイルズ。おまえ、ウチのパーティーを辞めろ」



 ◇◇◇




「あいたた……」



 腰に痛みを感じて、ふと夢から覚める。



「しくじった。まさか瓦礫に巻き込まれるなんて」



 幸い、怪我はなかった。

 背中に背負っていたバックパックがいい感じにクッションになってくれたようだ。

 腰はちょっと痛いけど、気合いでなんとかなる程度だ。


 楽々冒険者セットを持ち歩いていて助かった。

 私は立ち上がり、バックパックから松明を取り出して明かりを灯す。



「下の階層に落ちたの?」



 明かりを灯してわかった。

 私は瓦礫に埋もれたわけではなく、床に開いた亀裂から下の階層に落ちたようだ。



「おーーーーい」



 大声で叫んでみる。返事はない。反響もそれほどない

 下手をしたら生き埋めになっていたわけだが、幸いにも広大な空間が周囲に広がっていた。



「空気は……ある」



 そして冷たかった。風が動いているのも感じる。



「この空気の冷たさ……。地底湖跡ね」



 長い年月をかけて水が抜けて、地下に空洞が広がる場合がある。

 この場所がまさにそれで、地下にも関わらず広大な空間が広がっているのだ。

 そうなると暗闇と冷所を好むモンスターが住み始めるわけで。



「ゲコゲコ……」



 案の定、奥からアイストードが現れた。しかも群れで。


 アイストードは、洞窟に住む巨大なカエル型モンスターだ。

 極寒の中でも自由に河を泳ぐことから、アイストードと呼ばれている。

 痺れ効果がある毒を分泌しており、触れればドラゴン種でもしばらく痺れが引かないほどだという。



「キミたちは炎が弱点でしょ。あっち行きなさい!」


「ゲコォ……!」



 私は松明を振りかざしてアイストードを追い払う。

 相手も偵察のつもりだったのだろう。すぐに逃げていった。

 周囲に地底湖跡が広がっていて、アイストードがいるとなると……。



「ここは第二……いや、もっと下の階層か」



 頭に記憶しているダンジョンマップから落下予測ポイントを割り出す。

 ダンジョンの第三階層。それが私の居る場所だ。



「とりあえず出口を探そう」



 風を感じるということは、外へ通じる風穴がどこかに空いているはず。

 特徴的な岩や壁、この際トラップでもかまわない。

 何か目印があればそこから位置を割り出せる。

 あとは脳内に記憶してる地図を頼りに、上の階層に通じる道を探し出せばいい。



「緊急事態こそ、努めて冷静に」



 私は自分にそう言い聞かせて暗闇の空間を進む。



「しかし、まさか第一階層から第三階層まで一気に落ちるなんて……」



 何かしらの原因で地盤がもろくなり、私は地底まで落ちてしまったのだろう。

 安全だと思って初心者講習に使ったのだが再調査が必要だ。場合によっては封鎖もありえる。



「というか初めてのツアーで大失敗やらかしたわけよね……。私またクビになるのかな……」



 冷静でいようとしたが不安が押し寄せて弱気になる。

 いつも明るいリセ先輩がそばにいないので、余計に心細くなる。



「セリスさんは無事かな……」



 とっさに突き飛ばしたが怪我をしてなければいい。

 仮にもプリーストなので、万が一の場合は自分で治せるはずだ。


 一方、私に残された回復アイテムは楽々冒険者セットに入っていたポーションがひとつだけ。

 武器は何の変哲もない短剣が一振り。腰の後ろに隠してある。

 鎧なんて装備してるはずもなく、ギルドで支給された緑の制服を着ていた。

 寒いだろうからとオシャレをしてストッキングを履いてきたのだが、無残に破けていた。



「うぅ……惨めだ…………」



 涙目になりながら通路を進んでいると、やがて壁にたどり着いた。

 壁伝いに進むこと数分ほどで通路を発見する。通路から54歩でT字路を発見。



「なるほど。だいたいわかった」



 広間からT字路までの歩数から、該当する長さの通路に当たりをつける。

 私の記憶が確かなら、T字路を右に曲がって192歩進めば……。



「あった! アンブロシアの花畑」



 脳内マップの記憶通り、小さな広場に蛍火のような淡い黄色の光が舞っていた。

 淡い燐光はアンブロシアの花から発せられる魔力の欠片だ。

 この場所の魔力濃度は高く、魔力を糧とするアンブロシアの花が多く自生している。

 セリスさんが第一階層で見つけたアンブロシアの花は、この花畑から漏れ出た魔力によって生まれたものだ。



「この花畑の先に上の階層に通じる道があるはず……あれ?」



 そこで気がつく。

 綺麗な光に目を奪われていたが、よく見ると花畑は枯れかかっていた。

 地面がひび割れており、土も痩せこけている。


 そうだ。私の記憶にある花畑はもっと光が強かったはずだ。春の日差しのように。

 それが今では薄暗い淡い光が心許なく舞っているだけだった。



「これは地脈の乱れ……?」



 魔力は地脈を通じてダンジョン内を満たす。

 だから魔力を餌とするモンスターたちが住み着き、アンブロシアの花といった各種薬草が自生するのだ。

 地脈の乱れは生態系の乱れにつながる。


「そうか。だから……」


 私が地面に膝をついて、枯れかかったアンブロシアの花弁を回収していると――



「グルルルル…………」



「レッサードラゴン!」



 レッサードラゴンが私の行く手を遮った。




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 イノさんモテモテですね(モンスターに)

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