第7話 眠れるドラゴンの尻尾を踏む


「おーたーすーーーけーーーー!」



 狭い洞穴ダンジョンに、行方不明になっていたセリスティア・ホワイトブルームさんの叫び声がこだまする。



「ギャオオオオン!」



 セリスさんの叫びに呼応するように、彼女の背後に迫るレッサードラゴンも雄叫びを上げた。


 レッサードラゴンはドラゴンの劣亜種で、羽がなければ炎も吹かない比較的狩りやすいモンスターだ。

 彼らの住処は三階層で、このダンジョンを縄張りにしている言わばボスモンスターだった。


 ボスではあるが性格は大人しく、テリトリーに近づかなければ危害を加えられることはない。

 見た目も生態も巨大なトカゲそのもので、知性もそれほど高くない。

 一部の地域では、安全な乗り物として飼育されてるくらいだ(脳内辞書調べ)。


 それなのに……。



「どうしてレッサードラゴンに追われてるの!?」


「ああっ! コンダクターさん! 助けてくださいまし!」



 セリスさんは私の姿を見つけると、慌てて私の背後に回った。

 こいつ、私を盾にしたな……!



「グルアァァァァ!」


「ひえっ! ご勘弁を!」


「静かに。大声を出すとレッサードラゴンは余計に興奮する」



 私はセリスさんを背中にかばいながら、レッサードラゴンの目を正面から見つめる。

注目アテンション】スキルの効果が継続している。

 レッサードラゴンは視線は私に釘付けだ。



「なにを悠長にかまえておりますの。何かないのですか。必殺のスーパースキルとか!」


「そんなの…………あっ」



 スキルと聞いてあることを思い出す。

 モンスターを一撃で倒すようなユニークスキルは持ってないが、私には長年の冒険で培った一般スキルがある。

 この状況。今こそ【誘導ガイダンス】スキルの使いどころだろう。



「【誘導ガイダンス】……!」



誘導ガイダンス】は、好き勝手に動き回るパーティーを誘導して探索をスムーズに行わせる使いどころが難しいスキルなのだが……。



「さあ、あなたの巣に戻りなさい」


「ぐるぅぅぅ…………」



 私が話しかけると、レッサードラゴンはくるりと後ろを振り返ってそのまま通路の奥に消えていった。



「ふぅ……。助かった」



誘導ガイダンス】にモンスターを退ける効果はないが上手くいったようだ。

 前に会った旅商人が騎乗可能なモンスターを使役する際にも使える、と話していたのを思い出したのだ。ありがとう旅の人。



「助かりましたわ。一時はどうなることかと」


「どういたしまして。参加者の身の安全を守るのもコンダクターの役目だからね」



 レッサードラゴンが立ち去ったあと、セリスさんは大きな胸を揺らして安堵のため息をつく。

 私の方は呆れたため息をついて、セリスさんを睨んだ。



「それで? セリスティアさんはどうしてレッサードラゴン追われてたの?」


「実はその……。ダンジョンの奥に生えているという薬草を採りに向かったところ、たまたま偶然驚くべきことにレッサードラゴンの尻尾を踏んでしまいましたの」


「あ~……。本当に花を摘みに行ってたのか」



 私も含めた全員が、彼女は用を足しに行ったと思っていたはずだ。

 まさか薬草を摘みに行っていたなんて。



「お目当てはかしら」


「さすがはダンコンさん、よくご存じで」


「ダンコンはやめて。イノって呼んで」


「出会って間もないのに気安いですわね。まあいいですわ。わたくしのこともセリスと呼んでよろしくてよ」


「それはどうも」



 ギルドで男たちと悶着を起こしていた理由がよくわかる。

 今回の体験ツアーにもソロで参加していた。パーティーを追放されたんだろう。



「アンブロシアの花を煎じて飲むと類い希なる聖女パワーを手に入れられるのですよ。こりゃあもう手に入るっきゃないと思いまして。わたくしハッスルしましたの」


「ハッスルって……。けど、よく花の在処がわかったね」


「これでも帝都の魔法学院で勉強したことがありますから。基礎的な教養はありますの」



 セリスさんは大きな胸を自信満々に張ると、自ら書いた地図を広げた。

 私が初心者向けの講習で作り方を教えた地図だ。


 基本的な製図は完了していた。メモ書きもしっかりしている。

 学院出身というのはあながち嘘ではないらしい。

 学院でコミュニケーションスキルは教えなかったようだが……。



「アンブロシアの花は魔力の吹き出し口に自生します。地図を作る際におおよその位置を特定して、あとは聖女の直感を頼りに場所を探り当てましたの。わたくしには【祝福ブレッシング】のスキルがありますから」



 セリスさんは自信満々に述べていたが、そこで大きな胸を揺らしてため息をついた。

祝福ブレッシング】とは、対象に神の加護を与えることで『ちょっと良いこと』が起こるという信仰系のバフスキルだ。

 おまじないみたいなもので気休め程度の効果しかないが、一応は幸運が上がるらしい。



「それで壁画から歩いてすぐのところに生えているとわかったので、余裕しゃくしゃく鼻歌交じりにお花を摘みに行ったのですが……」


「眠れるレッサードラゴンの尻尾を踏んでしまった、と」


「そういうことですわ。薄幸の美少女はつれぇですわね」



 セリスさんは意味不明なことをのたまうと、懐から黄色いの花を取りだした。



「慌てていたので一輪しか手に入れられませんでしたの。ですので、今からおかわりを」


「ダメだよ。今すぐ帰ろう。他のメンバーが広場で待ってる。レッサードラゴンの気が変わるかもしれない」


「そんな! わたくしにはダンジョンにあるお花を刈り尽くさなくてはならないという大事な使命が!」


「そんな物騒な使命は負わなくていい!」



 そうやってセリスさんと押し問答をしていると。



 ゴゴゴゴゴゴゴ――――



 いきなり地鳴りが響き、地面に亀裂が走った。

 壁が崩れて瓦礫が襲ってくる。



「危ないっ!」



 私はとっさの判断でセリスさんを遠くに突き飛ばす。



「イノさんっ!」



 突き飛ばされたセリスさんが必死に手を伸ばす。

 しかし次の瞬間、私の身体は瓦礫に埋もれてしまった…………。



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ご安心ください。ピンチが続きますが次で巻き返しますよ。

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