第3話 え? この地図金貨100枚なんですか!?


 受付嬢さんに案内されて部屋に通された私は、紫色のドレスを着た女性のギルド長と対面した。


 歳は40前半、といったところだろうか。

 落ち着いた色合いの青い髪を後ろで結い上げている。



「お初にお目にかかります。当冒険者ギルドの支配人をしております、と申します。以後お見知りおきを」


「私は……」


「イノ・ランドマイルズさんね」


「どこで私の名前を?」


「地図にサインが書かれていました。失礼ながらギルドの登録名簿を調べたところ、冒険者パーティーを2度脱退されていますね」


「あはは。3度、ですよ。つい先日、パーティーをクビになりました」


「それはお気の毒に……。ああ、どうぞお座りください」



 上品な笑みを浮かべるギルド長に促されて、私は質の良いソファーに腰掛けた。

 テーブルには紅茶が用意されており、私が査定に出したダンジョンマップも広げられていた。

 商業都市のギルドだけあって、調度品もいいものを使っている。

 紅茶も外国からの輸入品かもしれない。



「どうして私は呼ばれたんですか? その地図、盗んだわけじゃないですよ」



 傍から見たら3度もパーティーを追放されている問題児だ。

 うさんくさいと警戒されているのだろうか。

 それは困る。地図を買い取ってくれないと明日の飯代にも事欠くのだ。

 なんてことは顔には出さず、けれど内心ではハラハラとしていると……。



「率直に申しあげます。こちらの地図、金貨100枚で買い取らせていただきます」


「へぇ。金貨…………100枚っ!?」



 提示された額に思わず目が飛び出る。

 金貨100枚もあれば、7,8年近くは遊んで暮らせる。



「本当に金貨100枚で? 高値で買い取ってほしいと頼みましたけど、あまりにも高額です」


「何を仰います。イノさんが持ち込んだこの地図にはそれだけの価値があります!」



 ギルド長は鼻息荒くそう言うと、テーブルに広げられたダンジョンマップを食い入るように見つめる。



「ギルドを治める者としてこれまで数多くの冒険者と関わってきましたが、これほど緻密で詳細なダンジョンマップは見たことがありません」


「この地図の良さ、わかるんですか!?」


「もちろんです!」



 思わぬ反応に私が興奮気味に訊ねると、ギルド長も目を輝かせて頷いた。



「ダンジョンマップはただ単純にフロアの構造を書けばいいというわけではありません。ワナの配置や発動タイミング、捜索のヒントとなるメモ書き、生息するモンスターの種類や頭数など、攻略に必要となる情報は多岐にわたります」



 ギルド長はそこで地図の右端に書いてあった、レッサードラゴンの絵を指し示す。



「イノさんが描かれたこの地図には必要な情報が整理されており、ひと目で見て理解できるような工夫が施されています。注意書きはアイコンで、モンスターの姿はイラストで描かれており文字が読めない冒険者にも配慮をしている。マッピングの基礎を抑えつつ、大胆なアレンジも加えてある唯一無二の地図です」



 そこまで言うと、ギルド長は身を乗り出して私に尋ねてきた。



「いったいどこでマッピング技術を学んだのですか? 帝都にある魔法学院でしょうか?」


「いえ、ほとんどが独学で……」


「なんですって!? では、この地図の制作方法はイノさんしか知らないと。そういうことですね!」


「え、ええ。そういうことですね」



 ギルド長がグイグイと迫ってくるので、私は反射的に何度も頷いた。

 マッピング技術を教えてくれた師匠がいたけど、あの人は膝に矢を受けて引退した村のレンジャーさんだった。帝都出身って話も聞いたこともない。



「実は同じようなダンジョンマップが他に数十枚ほどありまして」


「まだ地図を隠し持っていたなんて!? ますます欲しくなりました」


「欲しくなったって地図の話ですか?」


「あなたのすべて、ですよ」


「ひえっ!」


「こほんっ。失礼、言葉が足りませんでしたね。あまりの興奮に我を忘れてしまいました」



 ギルド長は一度咳払いをして姿勢を正すと、テーブルの上に一枚の書類を出した。



「私が欲しいのはイノさんの持つマッピング技術、それとこれまで制作してきたダンジョンマップのすべてです。いかがですか? 職をお探しながらアドバイザーとしてウチで働いてみては?」


「働くって、冒険者ギルドでですか?」


「はい。あなたの持つ技術と知識は、多くの冒険者にとって有益なモノになる。幸い、職員寮の空きもありまして。すぐにでも入居可能ですよ」


「寮ですか……」


「お望みならば酒場のマスターに食事を作らせます。酒場はギルドと業務提携しているので食費はタダです」


「三食宿付き。しかも全部タダ……」



 なんて魅力的な提案なんだろう。

 仕事をなくしたばかりの私にその申し出はありがたすぎる。


 地図を売ればお金には困らない。

 地図のストックは数十枚もあるのだ。本当に遊んで暮らせるだろう。


 ――だけど、それだと私の””は叶えられないわけで。



「ただし、契約時にこれまでに作成したダンジョンマップの実物と、そのマップを複製する権利を当ギルドに譲っていただきます。ウチで働く限りは印税もお渡ししましょう」


「技術の独占が目的ですか。私を雇うのも情報漏洩を畏れてのことですか」


「お話が早くて助かります。こちらも商売ですので」



 ギルド長はそこで、まるで狐が笑うかのようにニィと口角を上げた。


 私が作った地図は素晴らしい(自画自賛)。

 さすがに金貨100枚で売れるとは思ってなかったが、技術を独占したいと思うのも当然のことだ。

 ギルドを治めているだけあって、情報の価値というものを正確に把握しているんだろう。



「もちろん断ることも可能です。その場合は言い値でマップの権利を買い取りましょう」


「言い値で……? そこまで私の地図を評価してくれるんですか」


「ええ。あなたの書いたこのマップがあれば、どれだけの冒険者が助かるか。前途有望な若者を死地に送り込むこともない」



 ギルド長はそこで窓際に立ち、遠くを見つめた。



「私は息子をダンジョンで失っているんです。未知のダンジョンの調査クエストだったのですが……」


「そうだったんですか……」


「ダンジョンの難易度や出現するモンスターの強さを正確に把握できれば、危険度に応じたクエストを適正なランクの冒険者に依頼できる。イノさんがもたらされたマップは値千金の価値があるのです」



 ギルド長がダンジョンマップに高額を支払う理由がわかった気がする。

 息子さんと同じような犠牲者を出したくないのだろう。


 商業都市は流通の要で、各地方から多種多様なクエストが依頼される。

 周辺にあるダンジョンの数も多く、できるだけ多くの情報を手に入れておきたいのだ。



「このような素晴らしい地図を書かれるイノさん自身も、類い希なる才能の持ち主。その技術とお知恵をぜひ当ギルドに。いいえ、冒険者のみなさんに伝授していただきたいのです」



 ギルド長の真剣かつ情熱的な瞳が俺を射貫く。

 技術の独占は二の次。

 ギルド長は本当に冒険者のことを想って、私に仕事を提案しているのだろう。



「わかりました。そのお誘い、喜んで引き受けます」


「ありがとうございます。では、さっそくこちらの書類にサインを」


「だけどその前に、私からも条件……というか提案があります」


「と、仰いますと?」



 きょとんとした顔を浮かべるギルド長。私は彼女の目を見つめて答えた。



「私をとして雇ってください」




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 序章はここまで。次回はバーバリック側の視点です。

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