第2話 お金がない。冒険者ギルドに行こう


 バーバリックのパーティーを追い出されてから数日後。

 私は地域で一番大きな商業都市である【オランド】に到着した。


 途中で商人が乗ってる馬車が通りがかったので、交渉して乗せてもらうことに成功。結果、2日と2時間31分の時間短縮になった。



 ◇◇◇



「まずは冒険者ギルドね」



 移動の際に手持ちの食料を食べ尽くし、馬車の代金として有り金を支払ってしまった。

 早いところ汗を流したいけど、先立つものがなければ今日の宿もままならない。

 私は大通り近くにある冒険者ギルドへ向かった。



「いい雰囲気の町ね。整備が行き届いてる」



 オランドを訪れるのは初めてだ。

 道には石畳がひかれており、道ばたに色とりどりの花が植えられていた。

 白塗りの綺麗な建物が並ぶ美しい町並みに心が躍る。

 定期的に騎士が見回りをしているようで治安もよさそうだ。



「いらっしゃいませ~」



 ギルドの建物に入り受付カウンターへ向かうと、栗色の髪をした受付嬢がにこやかに微笑んだ。

 背は低めで子犬みたいに人なつこい笑みを浮かべている、可愛らしい印象の女性だ。



「本日はどのようなご用件ですか?」


「売りたいものがあるんですけど……」



 私は荷物から一枚の地図を取り出した。

 レッサードラゴンが住む洞穴ダンジョンのマップだ。

 都市からも近いから需要があるはず。



 ギルドでは冒険者が作成した地図を買い取ってくれるシステムがある。

 ギルド側は買い取った地図を発注しているクエストに応じて冒険者に提供したり、または転売することで利益を得ている。


 地図には都市と都市を結ぶ街道や周辺の地形を描いたフィールドマップや、荷馬車がよく狙われる危険地帯や盗賊のアジトを記録したハザードマップなんてものもある。

 無人の小屋で野盗に襲われず一晩を過ごせたのも、マップデータを基に危険地帯を避けたためだ。


 交渉次第で商人ギルドや領主に売りつけることも可能だけど、私が持ってるのはダンジョンマップだ。

 だから、必要としてる人がいる冒険者ギルドで買い取ってもらうことにした。



「ダンジョンマップの買い取りですね。こちらで内容を確認させていただきます。少々お待ちください」


「よろしくお願いします……っ」



 私は受付嬢に地図を渡す。

 渡そうとしたが、どうしても地図から手を離せなかった。



「この子、最初は白紙だったんですけど立派に製図されて。今ではこんなに詳細になったんです。すごくいい子なんで、どうか……どうか高値で買い取ってください。うぅ……」


「わ、わかりましたから泣かないでください」



 泣く泣く地図を手渡すと受付嬢は若干……いや、かなり退きながらカウンターを後にした。

 別室に鑑定員がいるんだろう。



「はぁ……。とりあえず査定が終わるまで座ってよう」



 生活のためとはいえ、我が子のように育てた地図を売るハメになるとは。

 だが、背に腹はかえられない。飢えて死んだら元も子もない。

 ロビーにあるベンチで落ち着こうとしたところ――




「やめてくださいませ!」



 ロビーに女の子の悲鳴が響く。

 見れば、若い女の子が戦士風の男たちに囲まれていた。


 女の子は白とピンクを基調とした高級そうな僧侶服を着ている。

 これまた高そうな銀の錫杖を手にしているので、おそらくプリーストだろう。

 可愛いよりも美人寄りの顔つきで、蜂蜜色のふんわりヘアをしていて胸がとても大きい。

 ……負けた。いや、別に張り合うつもりはないけど。



「やめろはこっちのセリフなんだよなぁ!」



 戦士の一人はそんな女プリーストに詰め寄り、大声を張り上げた。



! おまえのせいで今回もクエストは失敗だ! 毎回ドジを踏みやがって! どうして治癒の奇跡をモンスターにかけるんだよ!」


「ですからアレは手元が狂っただけですわ! アナタの顔がゴブリンに似てたものでターゲットを間違ってしまっただけのこと。わたくしは悪くありません」


「ふざけやがってこのアマ! 100パーてめぇが悪いじゃねぇか!」


アマって、聖女だけに?」


「ぶんなぐられてぇのか! 誰が聖女だ。この万年ブロンズクラスの無能プリーストが!」


「ひぃ! おやめになって! 暴力は何も生みませんよ。そんなにお顔が気になるなら整形魔法でも覚えたらよくて?」



「――そこまでにしなさい」



 いい加減、目に余る。

 私はセリスと呼ばれた女プリーストと男たちの間に入った。



「なんだてめぇは。引っ込んでろ!」


「こっちは長旅で疲れてるの。ケンカなら余所でして」



 私はやれやれと肩をすくめて男たち……

 ではなくて、女プリーストの腕をつかんだ。



「えっ!? 今のはわたくしを助ける流れではありませんの? わたくし、こんなにも可憐な美少女なのに!」


「話を聞いたところ、あなたが悪い。人とのコミュニケーションを学んでから出直して」


「あーれーーー」



 施設の外まで出て女プリーストをポイッと追い出すと、戦士風の男たちはニヤリと笑った。



「へへっ。助かったぜ、ねぇちゃん。騒がせて悪かったな、裏でちょっとシメてくるからよ」


「ギルド憲章第5条」


「あん?」


「ギルド施設内、および周辺での殺生、暴力行為を禁ずる。これに違反した場合、ライセンスの剥奪、ならびに罰金10金貨とする」



 私は記憶している冒険者ギルド内の決まり――ギルド憲章を口にしながら男たちをにらみつける。

 金貨1枚で一ヶ月は食うに困らない額だ。ギルドがどれほど不正や暴力を憎んでいるのかわかる。



「どんな理由があったにしろ、大声で騒いで人を追い詰めるのは感心しないわ。もちろん暴力もよくない。パーティー内のいざこざは話し合いで解決しなさい。でないとギルドにチクるよ」


「はっ! なんだてめぇ、結局アイツの味方すんのかよ」



 先ほどから荒々しい物言いをしている戦士がギロリと私をにらみつける。

 すると、隣にいた別の男が焦ったように声をかけた。



「おい、やめとけ。見回りの騎士がこの辺りをうろついてるぞ。騒ぎが見つかったら牢屋行きだ」


「ちっ! 覚えておけ!」


「ええ、残念ながら私は記憶力がいいの」



 私は苦笑を浮かべて男たちを見送る。

 気がつけば問題の女プリーストも姿を消していた。

 言い争っている間に逃げたのだろう。口は悪いが空気は読めるらしい。



「はぁ……。マジでこわかった……」



 騒動が収まってから、私は安堵のため息をついた。足がガクガク震えている。


 とっさに口から出たギルド憲章だったけど、男たちが気にしなかったら普通に殴られていたと思う。

 騎士の巡回ルートはわからなかったが、今回のように冒険者は何かと問題を起こす。

 ギルド付近を定期的に見回ってると思ったが、どうやら正解だったみたい。



「おまたせしました…………あれ? 何かありましたか?」


「何もありませんよ」



 施設に戻ると受付嬢がカウンターに戻っていた。きょとんとした顔を浮かべている。

 私が首を横に振ると、受付嬢さんは奥にある扉まで案内してくれた。



「イノ・ランドマイルズさま。どうぞ奥へ。中でギルド長がお待ちです」

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