追放されたマッパーはダンジョンツアーガイドとして活躍する。地味な【万歩計】スキルと映像記憶で無双していたら自称聖女に惚れられました「えっ? 私も女の子なんだけど」

空下元

第1話 突然の解雇通告。いわゆる追放ものですね


。おまえ、ウチのパーティーを辞めろ」


「え……?」



 青い甲冑を着た金髪オールバックの戦士――

 バーバリックが放った言葉に驚き、私は思わず彼の顔を見つめ返してしまう。


 バーバリック・デズモント。

 私が所属する冒険者パーティーのリーダーだ。


 私たちがいる酒場は山間にある寒村の小さな宿屋、その1階部分にあたる。

 村にはダンジョン目当ての冒険者しか立ち寄らず、他のメンバーは2階で眠っている。

 この酒場に私たち以外の客はいない。だからバーバリックの声はよく響いた。



「夜中に呼び出すから何かと思えば、解雇通告をするためだったの」



 私は飲みかけのエールをテーブルに置き、努めて冷静な口調で事実を確認した。

 黒くて長い髪を揺らし、同じく真っ黒な両目でバーバリックを見つめて訊ねる。



「私が女だから追放するの? 冒険の邪魔だって?」


「そんなこたぁ関係ねぇ。オレが求めてるのは即戦力になる優秀な人材なの。無敵のバーバリックさまにふさわしい仲間は他にいんだよ!」



 バーバリックの酒焼けしたダミ声が、狭くて薄暗い酒場に響く。



【マッパー】……ダンジョンの構造を羊皮紙に記録して地図を作る測量の仕事をしていた私は、彼に雇われてメンバーに加わった。

 バーバリックは効率と実績を重視しており、リスクを顧みず高難易度のクエストを次々とこなしている。

 その実力が冒険者ギルドに認められて、先日ゴールドクラスのライセンスを貰った。



 私は地図を書くしか能がなく何かと迷惑をかけた。

 そりが合わないところもあったけど、これまで上手くやってきた。

 そのつもりだったんだけど……。



「理解が及ばない。どうしてこのタイミングで? ゴールドライセンスを貰って、より難易度の高いダンジョンを攻略できるようになったばかりなんだよ? 今まで以上にマッピングは重要になる」


「ゴチャゴチャとうるせぇ! コイツがあるからおまえは用済みなんだよ」



 バーバリックはそう言うと、懐から一枚の羊皮紙を取り出した。



「それは前に攻略した古代遺跡で見つけた魔法の地図……」


「そうだ。持って歩くだけで自動的にダンジョンをマッピングしてくれる、マジで使えるアイテムさ。コイツさえあれば、イノ……おまえのようなお荷物はいらねぇんだよ!」


「お荷物……か。バーバリック、キミは私をそんな風に見ていたんだね」


「そりゃあそうだろう。おまえを雇ったとき、オレはまだ底辺にいた。金もなければコネもねぇ。だから仕方なく、てめぇみたいな無能の女を雇っていたのさ」



 バーバリックはそう言うと、魔法の地図、氷属性の魔力が宿ったマジックソード、聖なる加護が宿ったタリスマン、使っても減らない魔法の水筒をテーブルに並べた。



「それが見ろ! 今じゃあオレも無数のマジックアイテム持ちだ!」



 バーバリックは最後に、魔法防御効果のある青い甲冑を拳でドンと叩いた。

 まるで自分を大きく見せるように。



「冒険者ライセンスもゴールドになった。ダンジョン攻略が上手くいったのも、オレの【カリスマ】スキルのおかげだ。そうだろう?」



 パーティーメンバー全員の戦闘力を向上させるバフスキル【カリスマ】。

 それがバーバリックが生まれながらに持つ、ユニークスキルだ。


 ユニークスキルは神が人に与える恩恵とされ、個人差が大きい。

 経験を積めば覚えられる一般的なスキルとは違い、限定的かつ強力な効果をもつ。

 バーバリックの【カリスマ】がいい例だろう。


 彼自身の戦闘力も高く、パーティーの中で唯一【ソードマン】と呼ばれる上級職になった。

 実際、パーティーが大躍進したのもバーバリックのおかげだ。

 彼がいなければダンジョンに潜む強敵モンスターに勝てなかっただろう。


 それに比べて私は……。



「せめて戦闘に役立つスキルを持ってたら他に使い道はあったが……なんだっけ? イノ、おまえが持ってるユニークスキルの名前は?」


「【万歩計】……」


「ギャハハっ! それだそれ! 【万歩計】! 毎日の歩数がカウントされるんだっけか。そんなもん、クソを拭く役にも立たねぇ」


「モノは使いようだよ。歩数と歩幅を組み合わせて計算すればダンジョンの広さを把握できるんだ」


「はいはい。そういう小難しいのはいいから。言ったろ? 魔法の地図があるからおまえは用済みだって」



 バーバリックは野犬を追い払うように、しっしと手を振る。



「ま、これも時代の流れってやつ? 別に悪いとは思ってねぇよ。おまえも金で雇われた身だ。いつかこうなることはわかってただろ?」


「……そうだね。私にはマッピングと荷物持ち、それと囮役くらいしかやれることがなかったから」


「よくわかってんじゃん」



 モンスターのヘイトを集めて攻撃を防ぐ盾役なら、すでに優秀なメンバーがいる。

 ここ最近の私の仕事は、安全地帯に身を隠して様子をうかがうことだけだった。



「つーわけで今までご苦労さん。明日から来なくていいから。宿代も払ってねぇから、今のうちに荷物をまとめて出ていきな」


「そうさせてもらうよ」



 こんな真夜中に追い出すとは。たちの悪い嫌がらせだ。

 バーバリックの言動から察するに、追放の意思を変えるつもりはないだろう。

 他のメンバーを起こすのも忍びない。騒ぎになる前に村を出よう。



「おっと! 忘れ物だ」



 私が席を立ち上がると、バーバリックは床に数枚の羊皮紙をバラまいた。



「おまえが今まで書いてきたダンジョンの地図は返してやるよ。退職金代わりに持っていきな」


「……っ! なんてことを」



 私は慌てて床に膝をついて地図を拾い集める。

 そんな俺をバーバリックは上から見下ろしていた。



「はぁ~、やだねぇ。これだから根暗なオタクちゃんは。地図のことになると目の色を変えやがる。そういうキモいところも無理だった。攻略済みのダンジョンマップなんて何の価値もねぇのによ」


「嫌われてると思ってたけど、そこまでだったとはね。生きている間は二度とキミの前には顔を出さないよ」


「ケッ! そういうスカしたところも大嫌いだったぜ。女はやっぱ色気と愛嬌がねぇとな! これで清々した。とっとと失せな!」



 バーバリックは哄笑を浮かべて私に背を向けた。


 別れ際に身ぐるみを剥がされなかっただけマシと思おう。

 私は手早く荷物をまとめると、拾った地図をバックパックに詰めて酒場を後にした。



 ◇◇◇



 村を出て、寒風吹きすさぶ真夜中の街道を行く。


 これでも冒険者の端くれだ。

 夜道が危険なのは重々承知している。

 モンスターや野盗が襲ってくる危険があるからだ。


 けれど幸いにも、少し歩いただけで無人の小屋が見つかった。

 小屋を見つけたのは偶然ではない。

 元からそこを今日の宿にするつもりだった。


 私は今まで歩いてきたすべて道を、町の景色を、ダンジョンの構造を頭の中に記憶している。

 頭の中にある周辺の地形から距離を、星の位置から目的地までの方角を定め、歩数をカウントする【万歩計】スキルと自分の歩幅の長さを組み合わせて計算すれば……。



「ジャスト20分。今晩の宿に到着っと」



 計算通りの時間に廃墟と化した小屋に到着。

 中に入って荷物を下ろす。


 冒険中は雨風や荷物の重さ、体調やパーティーメンバーの数、モンスターの生息地域などを考慮に入れなくてはならないが、今はお一人様で比較的安全な街道沿いを歩く気まま旅。余計な心配はいらなかった。


 この通り、クズなスキルも使いよう。

 知識と経験とちょっとした気づき、そして地図があれば、快適な冒険が約束されている。

 それなのに……。




「どうして誰も地図の素晴らしさをわかってくれないの!?」




 私は荷物から取り出した地図を掲げて無人の小屋で叫ぶ。

 魂の慟哭どうこくにも近かった。


 これで冒険者パーティーを追放されたのは3度目。

 誰もかれもがそろって口にする。



『一度歩けば道は覚えるから地図なんていらない』

『いつも地図ばかり読んでて怖い。あとなんとなくキモい』

『落書きなんてしてないでちゃんとした職に就きなさい。隣のリーファちゃんは魔法学院に入ったのよ』



 最後のは実家にいる母親の小言だが、とにかくそうやって私と地図を馬鹿にする。



「地図はすごいんだぞ……。うぅ……」



 私はメソメソと泣きながら丸めた地図を胸に抱き、毛布に身をくるんだ。

 バーバリックの前では冷静さを保とうと努力したが、一人きりになるといつもこうだ。

 根暗なオタクちゃんという評価は的を得ている。黒髪で地味だし愛嬌もない。


 頭の中で、今まで覚えたスキルを思い出してみる。


 ――――――――――――


 イノ・ランドマイルズ


 18歳 女性 / 冒険者ライセンス【シルバー】


 ユニークスキル【万歩計】


 一般スキル 【短剣】【投擲術】【製図】【初級錬金術】【誘導】【整列】【注目】【気合】


 パッシブスキル 【体力増強】【映像記憶】


 ――――――――――――



「……うん。スキルまで地味だ。彼の言うとおり、他に役立つスキルがあれば居残れたのかもなぁ」



 ポツリと呟くが、私はすぐにクビを横に振った。

 もうあのパーティーには戻れない。戻る気もない。



「これからどうしよう……」



 私は目を閉じて、これからの道程を頭の中で思い描く。

 頭の中には今まで巡ったダンジョンの構造が浮かんでは消えていったが、自分が進むべき道はどうやっても思い浮かばなかった。





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