いつもの公園で

夜桜くらは

公園でよく会う彼は(前編)

 私には、毎朝の日課がある。


「おはようございます」


 そう挨拶すると、彼は小さく会釈えしゃくを返してくれる。

 私は彼の隣に腰掛ける。

 彼とは二ヶ月ほど前に出会ったばかりだ。私が朝早く散歩していると、よくこの公園で出会うのだ。


 彼は私より少し年上に見えて、短髪の黒髪が清潔感を感じさせる人だった。

 だが、私が知っているのはその外見くらいだ。

 名前も知らないし、どこに住んでいるのかも分からないが、私は彼に会うのを楽しみにしている。

 特に話すわけでもないのだが、なんとなく落ち着くのだ。


「今日も良い天気ですね」


 いつものように他愛のない話をする。

 しかし、私の方から話しかけても返事はない。ただ黙って聞いているだけだ。

 それでも良い。こうして一緒にいられるだけで嬉しい。

 彼が何者なのかとか、どうしてこんな時間に毎日ここに来るのかとか、そんなことはどうでも良かった。

 ただ、彼と一緒に過ごす時間が好きだった。


――だが、その時間は突然終わりを告げる。


 ある日を境にして、彼はぱったりと姿を見せなくなったのだ。

 最初は体調が悪いだけかと思っていたが、一週間経っても姿を現さないため、流石に心配になった。

 何かあったのではないか? 怪我をしているのではないか? 事故にったのではないか? 様々な不安が頭をよぎる。

 そして、一抹いちまつの寂しさを覚えた。


(……もう会えないんだろうか)


 そんな風に思いながら日々を過ごしていると、ある噂を聞くことになった。


『隣の街で連続殺人があったらしい』


 そんな物騒な内容だったが、気になって調べてみた。

 すると、どうやらその事件の犯人は未だ捕まっていないようだ。


(もしかして、被害にあった人の中に……?)


 嫌な想像が頭に浮かぶ。

 私はいてもたってもいられず、次の日には隣の街へと旅立った。この街から隣の街までは電車を使って三十分程の距離だ。


 駅に着くと早速聞き込みを開始した。

 そこでわかったのは、事件の被害者は女性ばかりだということ。

 私はその事実を知って、不謹慎ふきんしんだが少しホッとしてしまった。男性である彼は無事なのだと分かったからだ。

 だが、ここで新たな疑問が生まれる。


(なぜ、彼は来なくなったんだろう?)


 その理由がどうしても分からなかった。

 それから数日間、私は彼のことを探し回った。

 しかし、手掛かりは何もつかめず、途方に暮れていた。



 そんなある日のことだった。私は偶然にも彼の姿を見つけたのだ。


(やっと見つけた!)


 喜びと同時に安堵した。これで事件に巻き込まれていないことが確認できる。

 私はすぐに駆け寄ろうとしたが、足を止めてしまった。なぜなら、彼はひどく疲れているようだったから。

 目は虚ろで焦点があっておらず、どこか危うさを感じる雰囲気をまとっていた。


 一瞬別人かとも思ったが、あの時と同じ短髪の姿だし、声をかければ間違いなく本人だと確信できるだろう。

 なのに、なぜか躊躇とまどってしまう自分がいた。

 私はそのままきびすを返し、家に帰った。そして、自分の部屋に入るとベッドに倒れ込む。


「……」


 あれは何だったのだろう。今の彼に何が起きたというのか。

 あんな状態の人間に声をかけることなどできない。とてもじゃないけどできなかった。

 結局、私は何もできずに自宅へと帰ってきたのだ。


 私は、ベッドの上で事件のことを再び思い出す。

 被害者は女性ばかりで、犯人はまだ捕まっていない。そして、彼が来なくなった時期はちょうど事件が起き始めた頃と一致する。

 そのことに気づいた瞬間、私の背筋に悪寒が走った。


(まさか……ね)


 そんな考えを振り払うように首を横に振る。

 いくらなんでも突拍子もない話すぎる。仮にそうだとしても証拠がないじゃないか。きっと私の勘違いだ。

 そう自分に言い聞かせて眠りについた。



 翌日、仕事を終えた私はまた公園に来ていた。

 昨日のことが気になっていたせいか、自然と足が向いていた。

 公園には、彼の姿があった。私は、今日こそ声をかけようと思い、近づいていった。

 そこで不意に、彼がこちらに目を向けた。


「……っ!」


 私は、思わず息を呑む。

 彼の眼光はとても鋭く、まるでにらまれているような錯覚を覚えるほどだった。

 だが、彼はすぐに以前と同じような表情に戻り、軽く会釈をしてきた。


「お久しぶりです」


 その言葉にハッとする。


「えっと……」


 私は戸惑いながらも挨拶を返す。


「どうも、お元気ですか?」

「はい、大丈夫ですよ」

「それは良かった。安心しましたよ」

「……」


 会話が続かない。私は先程の彼の様子が気になりすぎて、うまく喋れなかった。

 それだけではない。私は、初めて彼の声を聞いたのだ。

 どうして、今になって? やはり、彼は何かを隠しているのか? 私の中で様々な思考が交錯する。


「どうかされましたか? 何か悩んでいるように見えるのですが」


 黙っていると、彼が心配そうな顔で尋ねてきた。

 どうやら、私は無意識のうちに暗い顔をしていたようだ。私は慌てて笑顔を作る。


「いえ、何でもないんです。気にしないでください」


 本当は、あなたのことで悩んでいたんですよ、なんて言えるはずもなかった。


「そうですか。それなら良いのですが。何かあったら遠慮なく言って下さい。力になれるかもしれませんので」


「はい、ありがとうございます」


 私はお礼を言いながら、内心では驚いていた。今までの彼からは想像もつかない発言だったから。

 その変化に戸惑っていたのだが、同時に嬉しくもあった。ようやく、彼と打ち解けることができたのかもしれないと思えたから。


 それから私たちは他愛のない話をした。

 そこで、私はどうしても気になることを聞いてみた。


「どうして、最近姿を見せてくれなかったのですか?」


 彼は少し困った様子を見せた後、申し訳なさそうに言った。


「実は、仕事が忙しかったものでして……。なかなか時間が作れませんでした。本当にすみません」


 その答えに納得しつつも、私は別の質問をする。


「今はもう大丈夫なんですね?」


「はい、何とか片付きましたよ。心配かけてすいませんでした」


 その言葉を聞き、私は胸を撫で下ろす。

 そして、その日を境に、彼は毎日のように公園に姿を見せるようになったのだった。



 そんなある日、私はいつものように公園へ行こうと家を出た。すると、近所の人の噂話が耳に入ってきた。


「ねえ、聞いた? 例の連続殺人の話なんだけど、この街でも被害者が出たらしいわよ」


 私はその内容に興味を抱き、立ち止まって耳を傾ける。


「あら、本当なの? 怖いわねぇ。犯人は捕まったのかしら」


「それがね、まだみたいよ。それで、犯人の特徴がどうも若い男性らしいのよ。あなた、知ってた?」


 私は心臓が跳ね上がるような感覚を覚えた。


(まさか……)


「いいえ、知らなかったわ。でも、そんなに若くて悪い人がいるものなの? 信じられないわ」


「ほんとよねぇ。世の中物騒になったものだわ。あぁ、嫌だ嫌だ」


 噂好きの奥様方はそんなことを話しながら去って行った。


(どうしよう……)


 私はその場で呆然としてしまう。もしかしたら、彼のことではないかと思ったのだ。

 確かに、ここ数日で連続殺人の話は聞かなかった。だが、彼がこの街に来るようになってから事件が始まったことも事実なのだ。


(もしかして、犯人は彼なのかも……)


 私は嫌な予感がしてならなかった。

 もし、彼が犯人だったとしたら、これからどんな行動を起こすだろうか。

 おそらく、この近所に住む女性をターゲットにし始めるはずだ。

 そうなると、次に狙われるのは―――。


(私だ……!)


 私は怖くなり、急いで家に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る