風神の章②
それから数日間、正也は来なかった。
毎日来てたから、さびしかったし、どうしたんだろうって心配になる。でも、村に正也の気配はちゃんとあるから、怪我とか病気ってわけじゃなさそう。
「毎日おいらのとこに来てたから、きっと、住職としての仕事がたまって忙しいんだ」
おいらはそう自分を納得させつつ、正也が来たときにびっくりさせようと、一人で特訓を続けていた。
「伊吹っち、何やってんすか?」
ゆるーい感じの声が、頭上から降ってきた。
顔を上げると、隣の山に住む雷神がいた。
彼は柄物の着物を着崩し、ジャラジャラといろんな装飾品を付けている。
布一枚を被っているようなおいらとは大違いの派手な奴だ。
「久しぶり。相変わらず神力すごいな」
雷神は隣の山で、大きな祠を作ってもらってる土地神だ。
雷神の山の裾野の村は街道沿いっていうのもあり、宿場町として最近はどんどん栄えて来てるから、雷神の御加護だと信仰心もうなぎ上り。
つまり、おいらよりも断然、神力がみなぎりまくってるし、神の気も高い。
おいらの方が先に生まれたけど、なんか神の位をゴボウ抜きされちゃってる。
「伊吹っちが、しょぼ過ぎるんっすよ。それより、何やってんの、それ」
おいらの両手突出ししている姿勢を見て、雷神が不思議そうにしてる。
「特訓だよ、特訓。神力を一定に保つために、練習してるの」
「あー……特訓、なるほど。伊吹っち、退治待った無しな状況ですもんね」
「は? 何それ、初耳」
退治? えぇ? おいら、退治されるの? どうして??
「知らないんすか? 伊吹山の麓の村、都から法師が来たでしょ。あれ、村人が泣き付いて来てもらったらしいっすよ」
「うそうそうそ、んなわけない。だって、正也は、おいらに力の使い方を教えてくれるんだ」
「伊吹っち、法師に会ったんすか? それ、単に伊吹っちの様子を偵察にきただけっすよ、きっと。だって今、村は物々しい空気が漂ってたし。村人たち、槍とか盾とか作ってたっす」
本当に……?
住職の仕事もあるのにおいらの特訓に付き合ってくれて、めちゃ美味しいお弁当も持ってきてくれて、優しい笑顔を向けてくれる正也が??
あの正也がおいらを退治するなんて、信じられない。
でも……だからこそ、ここ数日おいらのところに来てくれないのか?
正也の本心は、どっちなんだろう。
おいらを退治したいのか、村人に認められるように特訓したいのか。
後者だと思いたい。
ていうか、
「おいら、村人にそこまで嫌われてたんだ……」
退治したいと思われていた事実に、体がずっしりと重くなる。
浮いているのが辛くなり、地面に下りた。
やばい、神力が抜けてくみたいな感じ。
ただでさえ、へっぽこなのに、これ以上へっぽこになったら、風神として存在できないよ。
「うわっ、伊吹っち、しっかりして! こんなの今に始まった状況じゃないっしょ」
「でもさ、村のみんなに消えてくれって思われてるって、もう土地神として存在する意味なくない?」
力なく、祠の横の石に座る。
「伊吹っち、もう村と縁を切って俺の山に来ないっすか? このままだと退治されるか、されないにしろ信仰が無くなって、いずれ存在が消えるだけですって。伊吹っちにとって、あの村は血を吸い取るヒルみたいなもんっすよ」
「そ、そんなこと言うなよ!」
冗談だと笑い飛ばしたい。
でも、雷神は真剣な表情でおいらを見てくるから。
本気で村と縁を切れと思ってるんだ。
「伊吹っち。存在し続けたいのなら、村を捨てて」
「で、でも……」
村を捨てる?
そんなこと出来ないって。
だって、おいらを必要として生み出してくれた村だ。
仲良く宴会したこと、祭りで騒いだこと、毎日お参りに来てくれておしゃべりしたこと。
いろんな思い出が蘇る。
それに……正也の顔が浮かんだ。
ポンコツなおいらのために、毎日通ってきてくれて、根気強く特訓に付き合ってくれた。
初めての正也からの贈り物の御札も、すごい嬉しかった。
おいらのことを考えてくれてるってのが伝わってきたから。
正也が来てくれた村なんだ。
ますます捨てるなんて出来ない。
「おいら、退治されないように、出来る神になる。だから村を離れない!」
「本気っすか?! ここに残るなんて自殺行為っすよ」
雷神の周りにパリッと小さな稲妻が走る。怒ってる証拠だ。
雷神が真剣に心配してくれてるのはありがたいと思う。でも、ここに心を残したまま雷神のもとには行けない。それは逆に雷神の加護する民にも失礼だと思うし。
「大丈夫だって。それに、いくらポンコツのおいらでも、一応は神だよ? もし攻撃されても瞬殺されることはないって」
「なんすか、それ。ピンチになったら助けに来いって言いたいわけ?」
「そーそー、そういうこと。だからさ、まだ起こってもないことでピリピリしない」
「本当、そういうとこ。のんきすぎっすよ。良いところでもあるけど、今はまじムカツク」
雷神は再びパリッとさせる。
でも、それ以上文句を言うことはなかった。
「じゃあ、何かあったら雲を寄越してくださいよ」
おいらは風を操るから、その力を使って雲も動かす。
基本的には雨を呼ぶために雲を動かすんだけど、雷神に連絡したい時も雲を流す。
まぁ、雷神に連絡したいときなんて滅多になかったけどね。
雲で連絡するくらいだったら、自分で会いに行った方が早いし。
「分かったから。心配しすぎだって」
「ホントにホントっすよ。法師が退治に来て、動けない瀕死の状態になるってこともあり得るんっすからね」
いや、雷神よ、どうした?
そんなにおいらってヤバい状況なの??
でも多分大丈夫だって。
正也はそんなことしないよ。
「じゃあ俺は帰るけど。マジで、もうちょい危機感持って」
諭すように雷神は言うと、やっと自分の山へと帰って行った。
雷神は心配し過ぎなんだよ。
正也は良い子だよ。
それに村人だって、熱心に会いに来てくれる人いるよ。
まぁ人数は少ないし、都へ行ったっきり、最近は村に戻ってこないけど。
もっと力があれば、出稼ぎに行った村人も加護出来るのになぁ。
おいらの加護なしでも、元気にやってればいいけど……。
あ、いけない、考えが脱線した。
今は自分のことを考えなきゃ。
村人に加護を与えるためにも、おいらは退治されちゃいけないし消滅もしちゃいけないんだから。
存在し続けるためにも、まずは正也の言ってた力の調節が出来るようになろう。
だが、事態は予想以上に深刻なのだと、翌日気付くことになる。
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