風神の章①


 最近、村の寺に新しい住職が来た。正也っていう青年。なんか、最初は硬い表情で、生真面目なすかしたやつかなって思った。漂ってくる法力も、いかにもピリッとしてて、出来る!って自信に満ちてたから。


 でも、ちょっと話すうちにすごい気に入った。だって、ちゃんとおいらの話を聞いてくれたから。

 最近の村人たちは、全然話を聞いてくれなくて寂しかったんだ。

おいらを土地神として扱ってくれて、丁寧な言葉でしゃべってくれるのも嬉しかった。

 見た目はおいらより背が高くて、キリッとした男前。だけど笑うと犬っころみたいで可愛いじゃんって思っていたのは、ここだけの内緒の話。


 それなのに、正也の中身は全然可愛くなかった。

 鬼より鬼みたいだった……。

 詐欺だ!!



「ほら伊吹さん、またロウソクが消えた。ていうか倒れた。もう、強すぎるんですよ」


「むずかしい! ロウソクの火なんて、すぐ消えちゃうって」


「消えないギリギリの風を、出し続けられるようになるんですよ。伊吹さんは調節ってものがド下手なんで、これくらいの難易度を特訓しなきゃ効果出ません」


 真顔で言い返してくるよ、こいつ。

 確かにさぁ、一定を保つのは苦手だよ?

 でもロウソクなんて、フッてしたらすぐ消えるものじゃん。


「なぁなぁ正也。これはまだ高度過ぎるからさ、まずはロウソクを倒さないとかじゃダメかな?」


 口をとがらせつつ、正也を下から覗き込む。

 すると、正也は慌てたように視線を逸らした。

 こいつ、おいらが下から覗き込むと、絶対そらすんだよなぁ。

 なんでだろ。


「し、しかたありませんね。ではまずは倒さないことを目標にしましょう」


「よし。それならまだ出来そう」


 おいらは心機一転とばかりに、ロウソクに向かう。両手を前に出し、慎重に神力を込めた。


 あ、本当は手とか無くても大丈夫なんだけどね。

 でも形とかを作った方が、力が込めやすいって正也が言うから。


「むー・・・」


 細く、一定に、力を調整する。

 激むずだけど、これが出来るようになれば、また村人とも仲良く出来るって正也が言ってたから。だから頑張る。


 それに、一日の特訓が終わったら、ご褒美が待ってるし。

 正也って、毎日弁当作って来てくれるんだ。

 おにぎりとおかずが2品ってところだけど、すんごく美味しい!

 村人の為に頑張ってるのは本当だけど、正直、弁当に釣られてる感は否めない。

 あー、腹が減ってきた。早く正也の弁当が食べたい!


「陽が傾いてきましたね。そろそろ今日は終わりにしましょうか」


 正也の言葉に、ふっと押さえていた力が解放される。

 途端に、突風が山を駆け下りてしまった。


「いけねっ」


 おいらはその突風を止めるため、慌てて別の突風を作りだし、山を駆け下りる突風を相殺させる。


 ザザァっと、山の木々が大きく揺れ、一瞬竜巻のように渦を巻いた。


 その渦の風が霧散すると、再び山は静かになる。


「ふう、何とか村に到達する前に消せた」


 額に浮かんだ汗を拭う。


「いーぶーきーさーん。何やってんですか! 大災害一歩手前でしたよ!」


 正也が鬼の形相で詰め寄ってくる。


 怖くて、おいらは逃げるようにふわりと一段高く浮かぶ。


「悪かったって。でも、ちゃんと消したからいいじゃん」


「今回はたまたま間に合っただけです。まったくもう、あなたは曲がりなりにも神なんですから。力の制御を誤れば、村なんて吹っ飛んでしまうんです。ちゃんと自覚してください」


「……はぁい」


 すっごい、怒られた。

 そんなに怒んなくてもいいじゃん。

 そもそも、正也の弁当が食べれるって思ったら嬉しくて、つい力の調節狂っちゃったんだよ。

 てことは、正也のせいもちょっとはあるんじゃね?

 怖くて、そんなこと言わないけど。


「何か反論でもあるんですか? 不満そうに口とがらせて」


「むー、ないですよーだ」


 正也の言うことはいつも正しい。だからおいらがただむくれているだけ。我ながら子供っぽいとは思うけど。


「まったく……それより、本当に気を付けてくださいよ」


 正也はコホンと咳払いをすると、荷物の中から包みを取りだした。

 お弁当だ!


「今日も食べていいの?」


 さっきの失敗があったから、今日はもうお弁当は無しかと思った。


「ふふっ、そんなに目を輝かされたら、ダメとは言えません。それに、もう作ってしまっているので、食べてもらわないと余ってしまいますからね」


 正也が苦笑いを浮かべた。

 口では厳しいこと言っていても、正也は優しい。こんな優しさに触れるのは久しぶりだから、嬉しくなって心もぽあっと温かくなる。


「……ありがとな」


「伊吹さん、どうしたんですか? 風が心なしか熱いですよ」


「そ、そんなわけないし。普通だし」


 やばい。嬉しい気持ちが風にまで伝染しちゃった。

 こんなだからポンコツだって言われちゃうんだよな。

 本当、気を付けなきゃ。


「まぁ、何もないならいいですけど」


 正也はまだちょっと不思議そうにしているが、それ以上踏み込んでくることはなく、お弁当の包みを開き始めた。

 今日もおにぎりとおかずが2品。加えてみかんもある。


「相変わらず、すごい美味しそう」


「伊吹さんが美味しそうに食べてくれるんで、作り甲斐がありますよ」


 そう言って、正也はおにぎりを手渡してくれた。

 でも、本当に美味しいんだ。

 お世辞なんかじゃなくて。

 心まで温かくなるような、優しい味がするんだ。

 だから、このお弁当が今のおいらの力の源っていっても過言じゃない。


 村人が供えてくれるおにぎりも美味しかったよ。

 だけど、だんだんと、なんか形だけってかんじになってきて、ちょっと物足りなかった。

 最近は、その形だけのお供えもたまにしかなかったし。


「おいしい!」


 思わず一気に食べてしまう。


 でも、もっと味わって食べればよかった。

 後から、そのことをすごく後悔した。


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