法師の章【1】③

 

 伊吹さんに御札を渡し、これで少し落ち着くだろう、村人たちの依頼も解決だな、と俺は思っていた。しかし、数日たっても状況は変わらなかった。相変わらず風は強く、突風も吹く。


「なんでなんだ……」


 俺は伊吹山を眺めてため息をつく。

 そこに、またしても村人たちがやって来た。


「法師様、いつ風神を退治しに行くんですか? 特に風の通り道になってる田んぼじゃ、稲穂が風で倒れてるんです」

「そうだそうだ! このままじゃ収穫前にだめになっちまうよ」

「一刻も早く、あいつをやっつけてくだせぇ」


 苛立った様子で詰め寄られる。


 しかし、もともとは(大昔だろうが)村人たちとも仲が良かったと、伊吹さんは言っていた。土地神という成り立ちからしても、ここの村人たちの願いによって伊吹さんは生誕したはずだ。それなのに、今は邪魔モノ扱いとは……。

 元はと言えば、村人たちが信仰心を無くしたことが原因なのに。


「風神はここの土地神です。退治した後に、やっぱり必要だったんだとなっても、もう取り戻すことは出来ない。簡単に退治していいものじゃないんですよ」


 俺は村人たちを宥めるため、ゆっくりと言葉を選んで話す。

 本当は、村人たちの身勝手さを非難したくて仕方がないが。


「そうは言っても、法師様。現実に作物に被害が出とるんですよ!」

「この調子じゃ、年貢を納めたらほとんど残らねぇ」

「俺たちに飢え死にしろと言うんですかい」


 殺気立った様子に、この人達はこの人達で、追い詰められているのだと分かる。


「そんなことは言ってないです。落ち着いてください」


 完全に板ばさみだ。


 それでも伊吹さんを退治はしたくなかった。もちろん、簡単に退治していい存在じゃないということもある。でもそれ以上に、純粋に村人たちを思って仕事をしている伊吹さんを消したくなかった。


「皆さん。伊吹さ……風神は、村のために風を吹かせていると言っていました。もう少し――」


 俺の言葉を最後まで聞かずに、村人たちはわめき出す。


「だから何だ! バカみたいに風吹かせて、迷惑なだけだ」

「百害あって一利なし」

「そうだ。村のことを考えてるってんなら、居なくなってくれた方がよっぽど良い」


 それは言ってはいけない。伊吹さんの存在否定は、彼の力を余計に不安定にするだけだ。


 村人たちの信仰心がなくなり、そのことで伊吹さんは力が不安定になり、それでも自分の役目だと風を吹かせ、その風が制御しきれないことで村人たちからさらに否定される。


 完全に負の連鎖だ。


「皆さんの気持ちも分かります。死活問題ですからね。でもこの風は、風神への信仰心が薄れたせいでもあるんですよ? 皆さんが昔のように風神を信仰すれば、力の不安定さはなくなり、風も適切に吹かせられるはずなんです!」


 俺は必死に説明する。

 でも、村人たちの表情に変化は見られない。


「じゃあ、法師様は俺らが悪いってーのか?」

「新参者のくせに、この村の何が分かんだよ」

「そもそも、こんだけ被害を受けてんのに、信仰なんて出来るはずないだろ」


 確かに、今ここにいる村人たちにとってはそうなのだろう。その気持ちは分かる。

 だから、目の前の村人たちを責めるのは間違ってるのかもしれない。

 でも、どうしようもない苛立ちが湧き上がってくる。


 すると、村人の一人が詰め寄ってきた。

 殴るつもりか?!と、俺はビクッとする。


「法師様は、この村のために来てくれたんだろ? だったら、俺たちを、助けてくれよ……」


 しかし殴るでもなく、村人は弱々しく、俺にすがってきた。

 その困りきった様子に、俺はそれ以上、村人を責めることは出来なくなってしまう。


 俺は法師の立場として、土地神である風神を退治することは出来ない。

 でも、村の困窮も救わねばならない。


「では、風神を封印するというのは、どうでしょうか?」


 俺は妥協案を出すことにした。

 正直、あまり気がすすまないが。


「そんなことが出来るんですか?」


「出来ます……と胸を張って言いたいところですが、退治するよりも封印の方が難しい場合もありますから。上手く封印出来るかは、やってみないと分かりません」


 これには言い訳的な部分もあって……実のところ、俺は攻撃が得意なのだ。

 だから都では鬼や妖怪をこれでもかと退治して、若手の中では目立っていた。

 その反面、封印とか、結界とか、何かを防ぐ系の術は、使えるけど攻撃ほど得意ではないのだ……。


「そんな無責任な。なら手っ取り早く退治しちゃってくださいよ」

「そうだそうだ。封印ってことは、封印が解けたらまたバカみたいに風を吹かすってことだろ?」

「そんなのは困る。ちゃんと仕留めるべきだ」


 村人たちは案の定、手っ取り早く結果を求めてくる。


 どうするべきか。

 退治はもってのほかだが、それでは村人たちは納得しないし。


 ならば、村人には退治したと言って、実際は封印にとどめるか?

 でも封印は、俺が自信がないし……。

 それに封印したとしても、伊吹さんは結局身動き出来なくなり、村人たちと和解も出来ないままになってしまう。

 それではダメだ。

 俺は、昔の土地神と村人たちの関係に戻したいのだから。


 伊吹さんに出会う前は、もっと簡単に考えていた。

 村人が困るのであれば対処しなければ、くらいに考えていたから。

 でも、伊吹さんに会ってしまった。

 伊吹さんがどれだけ純粋に、村人たちを想っているのかを知ってしまったから。

 多くの村人に見捨てられようとも、今でも村を守りたいと、仲良くしたいともがいているのだから。

 あんな寂しげな様子を見て、淡々と退治するだなんて俺には無理だ。




 こうなったら、風の調節を覚えてもらうしかない。

 俺の結論は、伊吹さんをきたえようというものだった。


 村の問題の本質は、風神をどうにかすることじゃない。村に吹く強風をどうにかすることだから。


 そう決めた俺は、再び伊吹山へと向かった。




 *** 


「正也! 会いに来てくれたんだな」


 祠が見えた途端、突風と共に伊吹さんがまとわりついてきた。目がキラキラと輝いて、嬉しいと全身で叫んでるみたいだ。

 だが、歓迎してくれているところ申し訳ないが、さっさと本題に入らせてもらう。


「伊吹さん。俺の渡した御札どうしたんですか? 相変わらず、バカみたいな強風が吹くんですけど」


 俺が問い詰めると、伊吹さんは明らかに目をそらした。


「あー、えっとぉ、その、なんていうかぁ」


 伊吹さんは、もごもごと要領を得ない言葉ばかり繋ぐ。


「早く言う!」


 イラッとして俺が急かすと、伊吹さんは背筋を伸ばした。


「は、はい! えっと、貰った御札は、その、破れちゃった……」


 うそだろ。

 あの御札は退治や封印を施すような、攻撃的な効力はない。

 あくまで力の補助を目的としてるのだから、反発されるはずないのに。

 反発されると破れることがあるけど、素直に受け取ってくれたからそんなことはないはず。


「御札の効力を弾くほど、伊吹さんの力が大きかったってことですか?」


 物理的な力によるものとしか思えない。


「ち、ちがうっ。あのさ、正也が心配して御札くれたのが嬉しくて……御札の前で一人、宴会してたんだ。それで、ほろ酔いで踊ってたらお酒こぼして、慌てて拭こうとしたら破れちゃった……」


 伊吹さんの背はだんだんと丸くなり、最後に小さく「ごめん」と謝ってくる。

 ふわふわと浮く伊吹さんは、膝を抱えて完全に丸まってしまった。


 なんだ。

 ただのおっちょこちょいか。

 って、おいおい。そのせいでまた村人からひんしゅく買ってるんだぞ!

 もうちょい丁寧に御札は扱え!


 と、脳内で突っ込む自分がいる反面、

 俺の御札が、酒盛りするくらい嬉しかったらしい。


 なにそれ。

 怒りたくても怒りづらい。


「まぁ、その、破ってしまったのは仕方ありませんね」


 こほんと、軽く咳払いする俺。


「許してくれるのか?」


 俺を伺うように伊吹さんが見上げてくる。


「いいえ。ただでは許しません。謝罪の意思があるというのなら、俺の言うことを1つ聞いてもらいます」


「えっ、おいらに出来るかな。風を吹かす以外、あんまり出来ないんだけど」


 伊吹さんは不安そうに、ゆらゆらと体を揺らしている。


「大丈夫です。伊吹さんには、その風を吹かす特訓を受けてもらいます」


 俺は、怖がらせないようにニッコリと笑った。


 しかし、伊吹さんは何故だか顔を引きつらせていたのだった。


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