第18話 「はい!」
それは、バナナのかたちをしている。なかみはたぶん前と同じ台湾バナナだろう。
ただ、色がおかしい。
毒々しい赤色をしている。
「何、これ?」
「だからさ」
「紅茶チョコレートのチョコバナナ。アールグレイ味」
「あ、ああ……」
「だって、
「紅茶のチョコレートってないの?」と言ったとは思うけれど、「食べてみたい」とは言わなかったと思う。
それに。
もうちょっと、色を工夫しろよ。
「はい!」
萌美は言って、笑顔でその紅茶チョコレートのチョコバナナを突き出す。
その口もとが、あのときと同じように笑っている。
あの写真と同じように。
ああ、この笑いだったんだ、と思う。
「ああ、いや、でも、本番前に……」
「はい!!」
萌美は許さなかった。
翠は、笑ったような、迷惑なような顔をして、チョコバナナを受け取った。
すると、萌美は、紙袋の奥のほうから、もう一本のチョコバナナを出して、ふふんっ、と得意げに笑いながら、口もとに持って行く。
そちらはつるんとしていて、緑色だった。
木の葉っぱのような、鮮やかな緑色だった。
「それは?」
「あ、抹茶のチョコバナナ。超抹茶濃い味。これも食べる?」
抹茶については、どう言ったのだったのかな?
しかも。
「超濃い味」って……。
「いい」
不機嫌に言って萌美のほうに顔を上げると、萌美も翠のほうに顔を上げて笑っていた。
もう、あの「たくらみ笑い」ではなかった。ちょっと照れたような、そして、相手に親しみをアピールしなきゃ、伝わってくれるかな、とでも言いたげな笑いだった。
翠は愛想笑いは嫌いだ。
でもこれは愛想笑いとは違うと翠は思う。
これが、たぶん萌美のいちばん自然な笑いなんじゃないかと思う。
だから、翠もふふっと笑いを漏らし、口もとのアールグレイのチョコバナナにかぶりついた。
ちょっと不機嫌そうに見えるようにして。
(おわり)
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