第13話 チョコバナナの時間(1)

 みどり萌美めぐみは、みんなが理科室から戻ってきて、担任の先生がまだ職員室から来ていないところにちょうどすべりこんだ。

 萌美が、がやがやしている教室の前の黒板のところに立って、言う。

 「今日はハロウィンなので、仲島なかしま翠さんがみなさんに一本ずつチョコバナナを配ります。受け取ってください」

 それは、いつものとろとろ声とは別人の声のように、よく通る声だった。

 それに合わせて、翠が深く頭を下げた。

 べつに打ち合わせしたわけではない。萌美の言うのをきいて、自然にそうしてしまったのだ。

 後ろで大きな声で話をしていた龍造りゅうぞう広知ひろともたちの「活発な男の子」のグループも、翠と萌美を振り向いた。

 何も言わないで、ぽけっ、と二人を見ている。

 その顔が、あんがい、かわいい。

 萌美がチョコバナナを立てた箱を持ち、翠がそれを配る。

 翠は、最初に、委員長の石野いしの愛子あいこにチョコバナナを手渡した。

 もらおうか、保健室にいると言ってお菓子を作ったりしていた翠に注意しようかと迷っていたらしい愛子は、しばらく目をらしてとまどってから、にこっと笑い

「ありがとう」

と言って、受け取った。

 委員長が受け取ったのだから、ということだろう。

 それに、ちょうどおやつの時間だ。

 ほかの子も次々にチョコバナナを翠の手から受け取った。受け取ったら、置いたり持って帰ったりできないから、その場で食べる。

 順番が、「活発な男の子」の副リーダーの山之内やまのうち広知のところまで来た。

 広知は、まず、横にいた山西やまにし龍造の顔を見た。

 ところが、龍造は、わざと向こうの窓のほうを向いていて、こちらを見ない。

 かえって、ほかのクラスの子が、じっとその広知の顔を見ている。

 どうするだろう、という目が、広知に集中する。

 その広知の前に、翠は、いっぱいににっこり笑って、けなげな声で

「はい」

とチョコバナナを差し出している。

 「いらねえよ」とは言わなかった。

 がばっ、と取ることもしなかった。

 取ってからわざと落として踏みつける、なんてこともしなかった。

 「ありがとう」

 小さく言って、首をすくめ、翠に小さく頭を下げたのだ。

 それからその列を一回りして、今度は龍造の番だ。

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