第12話 とろとろの時間(4)
「とっくにやめてたよ」
「翠がいっしょでなければ、さ」
はあ?
「わたしって、いっしょにいてそんなに楽しい子?」
はっきりきく。
「見てると楽しい子」
萌美は、目を開けて、笑った。
眠そうなわりには、大きく目を開いている。
「先生に怒られて不機嫌になったり、うまく弾けなくてやけになってピアノに八つ当たりしたり、そうかと思うと急に機嫌がよくなってすごい集中してすごい流れるみたいに弾いたり、それとさ」
今度はくすっと声を立てて笑った。
「なんでこんなのがいっしょにレッスン受けてるの、みたいな怖い顔で、わたしをにらみつけたり。それ見てると、ああ、この子生きてるなぁ、って感じてさ」
ああ、よく見ている、と思う。
「それはそうでしょ」
萌美のその勝手なもの言いに、翠はまともに答えてしまった。
「わたしから見ると、あんたのほうが、生きてないなぁ、って、感じるよ」
翠ははっきりものを言うほうだが、いつもならばここまでは言わなかっただろうと思う。
せいぜい「生きてるに決まってるじゃない? 何がそんなに珍しいわけ?」くらいにしていた。
ただでさえ、
でも、そう言われても、萌美は少しも怒らなかった。
「やっぱり翠からはそう見えるんだ」
そして、おかしそうに笑う。
「さっきのいじめられっぷりもクラス
そして、口もとに笑いをとどめたまま、翠の目のあたりをじっと見ている。
どんな返事をするだろう、とでも言うように。
ただし、眠そうな目で。
「それって、あんたの目がおかしいか、それとも超少数意見か、どっちかだよ」
わからないではない。
せっかく取り上げた筆箱をあの龍造たちが返すはずがなかった。それに向かって、返しなさい、返しなさいと大声で繰り返したのは、とってもわかりやすい反応だったと思う。
いじめっ子どもも喜んだだろう。
それに、クラスのなかで、いつもツンとしていて、きついことを平気で言う翠に反感を持っていた子たちも喜んだだろう。
「だから、離れたくないんだよね」
萌美はそっけなく言う。
「でも、そろそろさ、中学に行ってどうするんだろう、ってことも考えないといけないから。でも、ビアノをやめても、ここ卒業しても、翠から離れずにいたいんだぁ」
「うん……」
いま考えれば、あのとき
「何言ってるの? 気もち悪い!」
とでも言い返さなかったのがよくなかったのだろう。
そう、翠は思う。
でも、あのときは
「そうだね。でも、離れずにいる方法はあるよ、きっと」
なんて、答えてしまったのだ。
萌美は返事をしなかった。目を閉じて、鼻で規則正しく息をしていた。
なんだ、寝てしまったのか、と思う。
そう思うと、翠は急にばからしくなった。
ばからしくなった、と思ったと同時に、自分も眠りに落ちてしまったらしい。
萌美が起こしてくれなければ、放課後まで寝過ごしているところだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます