第8話 「じゃーん!」

 「はあ?」

 それを調理台に置いてから、もう一回だ。

 「じゃーん!」

 「はあ?」

 だから、みどりももう一回言う。そして

「何、それ?」

 いや、それはバナナには違いないのだが。

 一つの房に十個ではきかない数のバナナがついている。

 しかも、色がきれいだし、つやつやしている。

 萌美めぐみは目を細めて笑った。

 「台湾バナナ」

 「はあ」

 それで止まらず

「それを二つも?」

とまで言ってしまう。

 「うん」

 萌美はうれしそうにうなずいた。

 何がそんなにうれしいのだろう?

 翠がきつく言う。

 「あんたの家、金持ち?」

 「ううん。そんなに金持ちじゃないけど、わたしの家、洋菓子屋だから」

 「はあ」

 こいつを相手にしていると、ともかく返事は「はあ」で始めなければいけないことが多くなる。

 「いや、でも、バナナ配るだけならば、お菓子を渡すことにはならないよね?」

 責めるように言うと、萌美はくすっと笑った。

 「だから、チョコバナナ作るの。それだったら立派なお菓子でしょう?」

 「はあ」

 立派かどうか、わからないけれど。

 「でも、チョコレートは?」

 「じゃーん」

 萌美はどんくさそうに身を屈めて、鞄から板チョコをいくつも抱え、それも調理台に置いた。

 「それに、割りばしと、バニラエッセンスと、上にくっつけるチョコチップも持ってきたよ」

 それも出して、調理台に置く。

 鍋やガスコンロはこの家庭科室にあるし、水もある。大きい冷蔵庫も家庭科室にあるから、これだけ揃えばチョコバナナは作れるだろう。

 でも。

 「なんで、あんたはそんなに準備がいい?」

 萌美をにらみつけて翠がきく。

 「うーん?」

 萌美はのんびりした声で答えた。

 「今日はハロウィンだし、あの子たち、何かやるな、と思ってて。わたし、まだ狙われたことないから、今日ぐらいやられるかな、と思って。それで、バナナ出して、バナナじゃお菓子じゃないって言われたら、チョコバナナ作ろうと思って、準備してきたんだぁ」

 「はあ」

 だからどうしてそこまで準備がいい?

 いや、こういうことにはそこまで準備がよくて、どうしてピアノは練習して来ない?

 「ところが、仲島なかしまさんをターゲットにするとは、思ってなかったからねぇ。よくやるよね、あいつら。仕返し、怖くないのかなぁ?」

 理屈がよくわからない。

 「それって、わたしが仕返しする、ってこと?」

 「うん」

 「そしてそれをあいつらが怖がるだろうってこと?」

 「うん」

 間の抜けた声でそう返事した萌美の首筋にりを入れてやりたいと思った。

 もしそこまで足を上げられるならば。

 やってみてもいいと思ったけれど、疲れそうなのと、スカートでそんなことをするとはしたないのと、無理をして転んだらさまにならないので、やめた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る