第7話 「じゃーん」
もちろん骨は折れていなかったので、
ふつう、こんなへんなけがをするはずがないし、しかもそういう「へんなけが」の子が同じクラスからもう何人も来ている。なのに、まんまる顔のこの女の先生は、その子がどうしてそんなけがをしたのかを調べようとしない。本人に「気をつけなさいよ」と言うだけだ。
小学校も六年生になると、それを調べれば何かめんどうなことに行き着くのかがこの先生にはわかっているからだ、と気づく。
そんなのだから、あの連中がのさばるんだ、と思う。
でも、同時に、小学校も六年生になると、そんなことを口に出して相手に言ったらよけいにややこしいことになるということもわかってくる。
それで保健室で寝かしてもらえるのかと思ったら、萌美は翠をさっさと保健室から引っぱり出した。
抵抗してもむだだし、抵抗したらあの教室に戻らないといけないので、おとなしくついていく。
連れて行かれたのは家庭科室だった。
「はい?」
萌美が家庭科室の扉を閉めてから、ようやく翠は声を上げた。
「こんなところに連れて来て、何やるの?」
「うーん?」
またとぼけたように萌美が言う。
「もちろん、お菓子を作るの」
「なんでわたしが!」
「だって、あいつらにお菓子あげないと、いたずらされるでしょ?」
「あのねえ!」
小学生の翠はそこで意地を張った。
はっきり言ってやらなければ、と思う。
「わたしはあいつらにいたずらされるのはいやだけど、お菓子をあげるのはもっといやだから!」
くすっ、と、萌美は笑った。力の抜けた笑いだ。翠のいらいらがつのる。
「でも、お菓子あげたら、あいつらは謝らないといけないんだよ?」
「べつにいいよ」
言い返す。
「あんなやつらに謝られたら、かえって気もち悪い!」
「まあまあ」
萌美は受け流した。
「そんなのはどうでもよくてさ」
そして、にっこりと笑って、翠の顔を見る。
「お菓子作るのって、楽しいから」
それに言い返さなかったのは、たぶん、もう言い返すのに疲れたからだ。
あきれたから、と言ってもいい。
かわりに、言う。
「家庭科室、勝手に使っていいの? しかも、うちは次は体育と理科だよ? うちの先生はいいとして」
「ほかのクラスの先生に見つかったら……」
「そんなのはさ。うちのクラスを言って、これ作らないとたいへんなことになるんです、って言えば、すんじゃうから」
「ああ……」
つまり、あの連中のいじめは、学校全体で知られているということ、そして、先生たちも、きっぱりと「そんなことしないで、きっぱり断りなさい!」と言えないということだ。
まあ、どちらでもいいけれど。
そんなことを翠が考えていると、萌美は、床に置いていた鞄から何かを取り出し、
「じゃーん」
と言って、得意そうに胸の前にかざして見せた。
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