第6話 大野萌美についての疑問

 教室を出て、萌美めぐみが手を放してくれたとき、自分が何と言ったか、みどりははっきり覚えている。

 「なんで助けてくれたの?」

 そう言ったのだ。

 大野おおの萌美はピアノ教室でいっしょにピアノを習っていた。

 でも、ぜんぜんうまくならない。

 教室でだって、ピアノを弾いているとき以外は、何かお菓子を出してもぐもぐと食べている。そんな手で鍵盤けんばんにさわったらだめでしょ、と怒られて、別に急ぎもせず手を洗いに行く。

 だらしない子だった。そして、翠は、萌美のそのだらしなさが嫌いで、したがって萌美も嫌いだった。

 「うーん?」

 そんな声を立てて、萌美が何をしたかも、やっぱりはっきり覚えている。

 教室を出るときに持ってきた大きな鞄をごそごそやると、菓子パンの袋を取り出した。そして、手と口で器用にその袋を破くと、食べ始めたのだ。

 学校の廊下を歩きながら!

 しかも、さっき給食を食べたばかりなのに?

 その菓子パンがあんパンだったかクリームパンだったかジャムパンだったかは知らない。ともかく、そのパンをみこまないまま、萌美は言った。

 「だってさ……、仲島なかしまさんといっしょにお菓子作るの……さ」

 ここでごくっとみこんだらしい。

 「楽しそうだったからさ」

 「はあっ?」

 さっきの「活発な男の子」のトリック・オア・トリートに答えたとき以上に強く言う。

 「楽しそう」と言われても、翠にはぜんぜんわからない。

 「楽しくなさそう」ならわかるのだけれど。

 ただの、すぐ怒る、気が強いだけの女の子。

 いっしょにいて、楽しそうな要素なんて何もないはずなのに。

 それに、「お菓子作るの」って……?

 翠が自分より背の高い萌美を見返しても、萌美は返事をしなかった。

 見ると、また菓子パンを口に運んでみちぎったところだ。口のなかでまたもぐもぐとんでいる。

 こいつ、なんでこんなに食べて、こんなに太らずにすんでるのかな、とそのとき思った。

 その疑問は、いまも抱きつづけているけれど。

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