第26話 魂を捧げる者

 そのころ、リンリーはポニーを追って森にきていた。


「ポニー! 待って」


 森の奥へ入って行くとポニーはより早くなったように走り出した。リンリーはそのあとを必死で追おうと走った。


「あっ!」


 リンリ―は木の根につまづいて転んでしまった。ポニーの後ろ姿は森の奥へ消えていった。


「ポニー! ポニー! 待って」


 擦りむいた膝の痛みをこらえながら立ち上がりポニーのあとを追った。


 リンリーを追っていたローサたちは森の近くにきていた。


「どこにいったのかしら、リンリー」


 ローサは頭を抱えながら周囲を見まわした。ラボルは地面を見て小さな靴あとが森へと続いているのに気がついた。


「靴あとがある、これはきっとリンリーの靴だ。この森へ入って行ったんだ。行ってみよう」

「ええ」


 

 ピヨリティスの言葉に動物たちはどよめいていた。それを振り払うようにオウガは聞いた。


「誰かの魂が必要ってどういうことだ?」

「もうここにいないククジェルの魂の代わりに、ほかの者の魂をククジェルのなかに入れるのです」

「そうなるとどうなるんだ?」

「魂を与えた者は死ぬでしょう。その代わりククジェルは生き返ります」


 そのことに対して動物たちは黙ってしまった。


「原因を作ったわたくしが魂をククジェルにさしあげたいのですが、わたくしの魂だと大きすぎてしまいますので、体が持たないでしょう。すぐに死んでしまいます。ですから、あなた方のどなたかの魂が必要になるのです」


 すると真っ先に声を上げた者がいた。


「俺だ、俺の魂を使え」


 オウガは前へおどり出た。


「いえ、わたしの魂を使ってください」


 ライラは前へ出て必死に訴えた。


「わ、わたしよ、わたしの魂を使って、わたしなにもできないから、せめて魂だけでも」


 ポランは怯えながら言った。


「あーあ、みんなそんなに命を粗末にしちゃいけないって……」


 ニャミィが優雅に歩いて前へくるとみんなに言い聞かせた。


「だってそうだろう。みんなはさ、ククジェルに助けてもらったんだ。それを捨てるなんて」


 それからニャミィはピヨリティスに向き直り見上げた。


「あたしのを使ってくれよ。まー、本当は死ぬのは嫌だけどさ、傷ついたククジェルをこれ以上見たくないんだ。だから早くそうしておくれ」


 そう言いながらニャミィは考えていた。


 そうすればククジェルが生き返ったとき、もっとおいしい食べ物を出してくれると威張れるから。ここで前に出てそう言っておかないと、あとで食べ物をねだろうとしたとき、ニャミィはなにもやってないだろうと、ここにいた者に言われないようにするためにおどり出たのだった。


 もしこれ以降、誰も魂をさしだす者がいなかったら、その辺にる虫などになすりつければいいと。


「ニャミィ」と皆それぞれが口に出す。


「本当にいいのか?」


 オウガは聞いた。ビクッとなりながらニャミィは答えた。


「え? う、うんそうさ」

「そうか、すまないニャミィ」

「えっ?」


 ニャミィはあわてて辺りを見まわすと誰も名乗り出る者はいなかった。


「では、ニャミィ。あなたの魂をさしあげるでいいのですね」


 ピヨリティスはニャミィに念を入れるように聞いた。


「えっ!? ちょ……やっぱり、その辺にる虫とかでもいいじゃないの?」

「それは無理です、魂が小さ過ぎます。それに、これには自ら名乗り出るという条件があるのです」


 ピヨリティスの体が輝き始めた。


「ちょっと……」


 ニャミィは金縛りにあったみたいに体を動かすことができなくなっていた。



 ボリィたちは固唾をのむようにただその光景をながめていた。


 そのとき、後方からワンワンッと子イヌが走ってボリィたちのあいだを通り抜けていった。


「な、なんだ? イヌ?」


 ボリィは驚きながらそちらのほうへ目を向けた。ポニーの勢いよく走る姿を追うように風が吹き抜ける。


 目を大きく開きそれをパチパチとさせながら、ニャミィはそれに抗おうともがき声を出した。


「あの、あたし、まだ」

 

 そこへ「おいらだー!」と言いながら走ってきた者いた。それはポニーだった。


 その声にピヨリティスは儀式をやめた。とたんにニャミィの金縛りは消えて自由に動けるようになった。


「おいらの魂を使って」

「ポニー」


 そう言って、ニャミィは助かったとホッと息をついた。



 リンリーは森をさまよいながら歩いていた。


「ポニー、どこー」


 疲れたように1歩1歩と歩きながら森の奥へ進んでいく。


 すると目の前に木に隠れながらなにかをのぞきこんでいる人たちがいた。


 リンリーはその人たちにポニーはどこかとたずねようと近寄った。


「あの」


 リンリーの声にボリィたちは体を震わせた。


 声のほうへ振り向くとそこには土で服が汚れている少女が立っていた。その目は救いを求めているような眼差しをしている。


 町から逃げて、少女が森にでも迷ったのかと思ったボリィは、口の端を曲げただけの笑みを浮かべた。それに便乗するようにほかのふたりも相槌を打つ。


 ボリィは聞いた。


「どうしたんだい。迷子かな?」

「いいえ、ポニーを追いかけてきたんです」

「ぽにー?」

「子イヌなんです、ここへきませんでしたか?」


 ボリィはさっき走り抜けていった子イヌを思い出した。


「ああ、見たよ、この先に走って行ったけど」


 リンリーは体をかたむけて先をのぞいた。そこには泉があり動物たちが集まっているのが見えた。


「本当ですか」

「あ、ああ」

「そうですか、ありがとうございました」


 リンリーはそれだけ言うと走り出そうとした。すると「ちょっと待った」と言って、ボリィはリンリーの腕をつかんだ。


 リンリーは振り返り不安そうにボリィを見上げながら言った。


「なんですか」

「この先に行っちゃいけない」

「どうして?」


 ボリィはちらりとギャズを見て合図を送った。ギャズはそれに反応してビデオカメラを奥へ向ける。


「おじさんたち、いま大事な場面を撮っているんだ」


 リンリーはギャズを見て首をかしげた。


「わからないかもしないが、おじさんたちはここで映画の撮影をしているんだよ」

「映画?」


「ああ、映画のコンクールに応募する作品なんだよ、ここでお嬢ちゃんが出て行ったら台無しになってしまうんだ」


「でも、ポニーが」

「もうすぐ終わるから、それまでここで待っていてくれないかなぁ」


 そう言って、両手をこすり合わせて媚びを売る。


 リンリーは諦めたように「わかったわ」と返して、それから奥をのぞいた。そこにいた大きな鳥に目がくらみ眩しい顔した。


「初めて見るわ、あの鳥。なんて鳥なの? それになにをやってるの? あの動物たち」

「さあ」

「おじさんたちが集めたんじゃないの?」

「いや、自然と集まったんだよ。だから撮っているんだ」

「ふうん、どんな映画を撮っているの? 動物もの?」

「あ、ああ、まあそんなところだ」


 ボリィは頭をかいて笑った。リンリーはその不思議な光景に目を輝かせた。



「おいらを使って」とポニーは言った。


「ポニー、お前どうして」


 オウガはわからないといったように聞いた。


「おいらはククジェルにちゃん見てもらいんだ、おいらは人間に飼われて幸せだってことを。でもこのまま死んじゃうんじゃ、おいら……だから!」


 ポニーは意を決したように前を向いた。


 それを聞いたほかの者も自分だと名乗り出た。ポニーの言葉に押されてみんなが「自分の魂を使ってくれ」と声を張り上げる。


「……困りましたね」


 ピヨリティスは誰の魂をククジェルにさしだせばよいかを迷っていた。


 うるさいくらいにその場一帯が騒がしくなったとき、「俺だ」と声を発する者がいた。それは誰にも聞こえなく、ただ通り過ぎていった。


「俺だ、俺のを使え」とふたたび声を出す。「聞こえてるんだろ」と続けて言った。


 それはガルマの声だった。

 ガルマはピヨリティスに話しかけていた。


 ピヨリティスはそれに反応してガルマの声に耳をかたむけた。


「聞こえてますよ、ガルマ」

「俺の魂を使ってくれ」

「本当によいのですか」

「いいもなにも、俺はもとから死んでいる」

「ですが……」


「まさか、死んでいる者から魂は取り出せないなんて言うんじゃないだろうな」


「いいえ、取り出せますよ。あなたとともにいたククジェルなら、その魂はほかの誰よりも生き返らせやすいでしょう」


「じゃあ頼む」

「……わかりました」

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