第25話 いのちのともしび
オウガたちは森に向かって走っていた。
ククジェルはオウガに咥えられて運ばれている。ククジェルの体からは血がしたたり落ちていく。そのたびに息が小さくなっていった。
オウガは小さな生命がなくなるのを感じ取り焦りを見せた。
「おい、ククジェルの反応が弱い、このままだと死ぬぞ」
オウガが言うとライラが案を出してきた。
「森の精霊ならなんとかしてくれるかもしれないわ」
「森の、せいれい?」
「ええ、そこでうわさになっていたの、森で暮らしている仲間たちから聞いたことない?」
「……ああ、そういえばそんなことを話していたな、俺は興味なかったから気にはしなかったが」
「そう、とにかくそこに向かいましょう」
「ああ」
そのころ、ラビール一家は集まり、警察官に誘導されて避難していた。
ポニーはリンリーに抱かれながら感じていた。ククジェルの身が危ない状況にあると。
『ククジェル……行かなきゃ、おいら行かなきゃ』
ポ二ーはリンリーの腕のなかで暴れた。
「あっ、ちょっとポニー暴れないで、どうしたの?」
『リンリー放して、おいらを放して』
ポニーはきゃんきゃんと大きく吠えながら暴れた。
「ダメよ、絶対離さないんだから……あっ!」
リンリーはポニーを放してしまった。その腕には小さな咬み跡がうっすらと残っていた。
「ポニー! 待って!」
リンリーは走り出した。それに気づいたローサはあわてふためいた。
「ああ、リンリーが!」
「どうした!」
ラボルはリンリーがどこかへと駆けて行くのを見た。
「リンリー……早く追うんだ!」
ククジェルを追っていたボリィたちは収容所あたりで見失い、辺りを見まわしていた。
「収容所からあのシマリスの姿が見当たらなくなったけど、いったいどこに行ったのかしら、ねえ監督」
ルーブに言われて注意深くその辺のようすを確認する。
「あ? ああ、たしかにここにきたんだがな」
巨大化したククジェルが小さくなっていくのは見ている。そこへ駆け寄ろうとしたら、白衣を着た連中がなにかをやっているのを見た。
近づこうとしたら、ガスマスクをかぶり、おかしな装置を持っていたから近寄ることができなかった。ボリィたちはそれにカメラを回しながら離れてそのようすを見ていた。
しばらくすると白いガスがまかれて辺りをおおい始める。
ボリィたちは急いでハンカチで口を押えてその場を離れた。
そのガスが収まりふたたびそこにようすを見に行ってみると、誰もいなくシマリスも姿を消していた。
収容所の中心にきてみると赤い血がいたるところについていて、その中心には血だまりがあった。そこから、その血はどこかへ点々と続いている。
ギャズは点々と続く血を撮りながら言った。
「ひょっとして森に帰ったんじゃないでしょうか、血がどこかへと続いていますよ監督」
「こいつは……シマリスの血か」
ボリィはそうつぶやいて辺りの惨状を見まわした。それから森のほうへ振り向いた。
「森へ行ってみよう」
動物たちは森の中心にある泉にきていた。大岩が泉のまんなかにあり静かで神秘的な場所。
オウガはククジェルをその泉の手前に置いた。
「ここに精霊があらわれるのか?」
オウガはライラに聞いた。
「ええ、うわさではここで待っていればそのうちあらわれるって言っていたわね」
「そうか」
ククジェルは夢を見ていた。
仲間たちが楽しく森で遊んでいる姿。人間たちのこない自分たちだけの場所。光り輝くまぶしい森はいつまでも平和に……。
「はっ!?」
ポランはククジェルを見ながら声をもらした。
「どうした? ポラン」
オウガがたずねるとポランは震える声で言った。
「ク、ククジェルが……死んだわ」
「なに?」
オウガは顔を近づけてその小さな体の鼓動を聞こうとした。
聞こえない、息づかいや生命の力強さが消えている。
「ククジェル、目を覚ませ」
絞り出すようにオウガは言った。
その声に反応を示さず、ただ安らかに眠っているようだった。
ガルマは漆黒の闇にのまれようとしていた。徐々に光が小さくなっていく。「ククジェル、死ぬな」と叫んでも、もうそれに答えることはなかった。
そこへボリィたちがやってきて木の陰に隠れながらようすを見ていた。
「動物たちが集まっていますね、監督」
ギャズはそう言ってカメラを回している。
「ああ、たぶんあのなかに例のシマリスがいるんだ、傷ついた体で」
ルーブは動物たちにバレないように照明を消した。それからボリィに聞いた。
「それで監督。このあとどうするの? あたしたちもあの輪のなかに行く?」
「……いや、やめよう。ここであの動物たちを撮りながら待つんだ。また奇跡的なことが起こるかもしれんからな、俺たちが出て行ってそのチャンスを逃したくはない」
「ふうん、それもそうね」
動物たちは皆悲しみに暮れていた。ククジェルに助けてもらったことや頼り切りだったこと、必死な警告に耳をかたむけずに人間が与えた食に飛びついてしまったこと、その重みがいまになってようやく身に染みてくるのをそれぞれが感じていた。
そこに一陣の風が吹いた。
清らかな澄んだ風が木々や草を揺らして吹き抜ける。
すると一筋の光が降り注ぎ泉のまんなかにある大岩を照らし出した。
泉の水は虹色に光り輝きそこから流れる光の粒が大岩へとな流れていく。
それが集まり大きな鳥を形作っていった。
そして、精霊ピヨリティスが姿をあらわした。
ボリィたちは突然あらわれた大きく美しい姿の鳥に驚いた。
「おい、あれだ、あれを撮るんだ!」
ボリィにそう言われてギャズはカメラを持つ手に力を込めた。
精霊を目の前にしてほかの動物たちはその姿に目を奪われていた。
「これが精霊なのか?」
オウガはそう言って不思議そうにその者を見つめた。ほかの者たちも呆気に取られてただ見ていた。
澄んだ声が辺りに響く。
「わたくしはピヨリティス、あなた方がここにきた理由はわかります」
オウガは思い出したように口を開いた。
「あなたが精霊?」
「ええ」
「じゃあ、ここにいるククジェルを生き返らせてくれないか」
ピヨリティスはその願いにはすぐに答えられなかった。目の前に傷ついて横たわるククジェルを見ながら、辛い気持ちがこみ上げてくるのを感じていた。
「誠に悲しいことです。こうなってしまわれたのはわたくしに原因があります」
「え? どういうことだ」
「わたくしが彼に魔法を与えたばかりにこんなことに、本来なら自然は自然のままに任せておくのですが、町で人間に捕らわれている仲間たちを助けに行きたいと、そのため魔法が欲しいと言ってきたのです。それで与えました、魔法を」
ピヨリティスはため息をひとつついて続けた。
「わたくしも、人間たちの行動には目に余るものがありましたから、つい、その願いを叶えてしまったのです」
その痛みが胸をつき反省の色を見せる。それをさえぎるようにライラは言った。
「それは違うわ、ククジェルが魔法を使えなかったら、わたしたちはいまもあの収容所のなかに閉じ込められていたわ、人間の手から逃れることができずにずっと、あの狭い牢獄のようなところで一生」
「わ、わたしも……」と言いながらポランが前に出てきた。
「ククジェルが町にこなかったら、わたし人間に殺されていたかもしれないもの、だから」
「俺だってそうだぜ、瀕死の状態の俺を臆することもなく、ちゃんと向き合い、魔法で食いものを目の前に出してくれたんだ。それは俺に生きろと言っているように思えた」
オウガはそう言って、奥歯を噛みながら目からあふれてくるものをこらえていた。
一陣の静かな風が吹いた。紅葉がひらひらと落ちてきて水面に揺れる。
「ええ、わかります。本当に最後まで正しいことに魔法を使おうとしてくれました。わかりました、わたくしの力でククジェルを生き返らせましょう」
「本当か?」
「ええ、ですがその代わり、誰かの魂が必要になります」
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