第27話 ガルマのわがまま

 ピヨリティスは周りで騒いている動物たちに言った。


「決まりましたよ」


 その言葉に反応すると騒ぎが収まり動物たちはピヨリティスの話を待った。


「魂をさしだす者は……ガルマになりました」


「ガルマ?」とそれぞれがその名前を口走った。


 ククジェルの近くにいた者はその名前を知っている。ククジェルがときどき「ねえ、ガルマ」と空に向かって話しているのを聞いていた。


 架空の生き物を作りそれを自分と向き合わせて、自問自答しているのではないかとそう思っていた。


 だから実際に何者かがククジェルのなかに入っているとは思っていなかったのだ。


 オウガは言った。


「ガルマって、ククジェルがときどき空に向かって話してた相手か?」

「ええ、そうです」

「存在してたのか?」


「そうだ」と後方で声があがった。


 のしりのしりと歩きながら前へ出てきた者がいた。それはオオカミのグビルだった。


「俺が前に言ったろ、俺の親友だと」

「ああ、たしかに言っていたな。だが死んでいるんだろ、そいつは」


「そうだ、ガルマは死んで、どういうわけかククジェルのなかに魂として入ることができたと言っていた」


「なんでわかる?」

「夢で言ってたんだよ、ガルマがな」

「そうか」


 グビルはククジェルを見つめた。


「俺はククジェルのために魂をさしだすのはごめんだ、たとえ親友の頼みでもな、だがな、せっかく人間どもから助けてもらったお前らが、こいつのために魂をさしだすのは許さねぇ」


 そう言ってほかの動物たちをにらみつけた。


「なんだと」


 オウガはそれに怯まずにらみ返した。


「ククジェルはなんのためにお前らを助けたんだ。自由に生きて欲しいと思ったからだろう。……それも、本当はガルマの受け売りだろうがな」


 ほかの動物たちはそれを聞いて一様に黙った。


「ククジェルがもし生き返ったとき、そこに助けたはずの誰かが代わりに死んでいたら、ククジェルはどう思うだろうな」


 そう言い残してグビルはその場を離れて森の奥へ去った。



 森が静まり返る。


 風が吹いて枯れ葉が落ちる。


 動物たちが急に静かになったことにリンリーは眉根を寄せて不安な表情を見せた。


「静かになったわ、なにをやっているの? ポニー」


「リンリー!」と誰かが呼びかけながら走ってくる足音が聞こえてきた。ボリィたちはあわてて後ろを振り向いた。


 そこにはローサが走ってきてそのあとをラボルとロビが追ってきていた。


「リンリー」とふたたびローサは声をかけてリンリーに近寄って抱いた。


「お母さん」

「どうしたの? こんなところにきて、大丈夫? 怪我してない?」


 リンリーの服が汚れていることに気がついてローサはその汚れを手で払った。


「うん、平気。ポニーがこの先に行っちゃったから」


 そう言って、人差し指を森の奥へ向ける。


「もう、緊急事態なんだから勝手に走ってっちゃダメでしょう?」

「だってポニーが……」


 リンリーは下を向いて困った顔をするとラボルが言った。


「リンリーはポニーが危ないと思って追って行ったんだよな」

「うん」

「その気持ちはわかるよ、だが行く前に父さんたちに一声かけて欲しいな、今度からは」


 何回かうなずいたあと「はーい」と答えてふてくされた。


「それじゃあ、早速ポニーを捕まえて避難しよう」


 ラボルは森の奥へ向かおうと足を踏み出した。


「待って」


 リンリーはラボルを呼び止めてボリィたちに視線を送った。


 ラボルは木の陰から森の奥をのぞいている3人に目を向けた。ローサはボリィたちに気づいて話しかけた。


「あの、あなたたちは?」


 苦笑いを浮かべながらボリィは答えた。


「いやー、わたしたちここで映画の撮影をしている者でして。ええ、できればここでもう少し待っていただけないでしょうか」


「映画?」


 ローサは驚いてギャズのカメラに目を向けた。


「マジ、なんの映画とってるの?」と言って、ロビが興味津々のように目を輝かせた。


 そのままローサとラボルとロビは森の奥をのぞいた。


 動物たちが一か所に集まりなにかをしているようすが3人の目に映る。


 大きく輝く鳥を見て3人はさらに驚きを見せる。その神秘的な光景に誰もが言葉を発せずただ見守るようにながめていた。


 枯れ葉の落ちる風景のなかで、動物たちの背中にその葉がひらひらと舞っていた。



「グビル、ありがとな」と言ったあと、ガルマはピヨリティスに声をかけた。


「なあ、あんたの力で俺をみんなと話させてくれないか」

「話ですか」

「ああ、伝えたいことがあるんだ」

「……わかりました」


 ピヨリティスは動物たちに、いまからガルマが話をするから驚かないでくださいと言って前置きをした。


 ガルマは話し出した。


「俺はガルマだ。俺が人間にやられて動けないところへククジェルがきた。命が尽きる前に伝えておかないといけないと思った俺は、ククジェルのなかに魂として入った。自分でもなぜそんなことができたのかわからない。たぶん、ククジェルの純粋な心が俺を受けいれたんだろう。町で人間に捕らわれている仲間たちを助けてくれと告げたら、なんの疑いもせずすぐに助けに行こうとしてくれた。だがそれだと人間たちに太刀打ちできないと思った、だから森でうわさになっていた精霊のことを教えてやった。それで魔法をもらい助けに行ったんだ」


 助けられた動物たちはガルマの言葉を黙って聞いていた。それはガルマの命と引き換えに自分たちが人間たちの手から逃れることができたのだと思ったから。


「……まあ、そんなわけだ」


 ガルマは一呼吸おいて続けた。


「俺が言いたのは、ククジェルのやった行動を攻めないでやってほしい、頼む。それは全部俺のわがままだ」


 ガルマの頼みに対してオウガが返した。


「そんなことするわけないだろう」


 続いてライラが返した。


「わたしたちは感謝しているわ。こうしてククジェルやあなたのおかげて自由に生きていくことができるようになったんだから」


 それを聞いたガルマは安堵した。


「そうか、よかった」


 それからピヨリティスに言った。


「俺の言いたいことはもう伝えた、ピヨリティス、あとは俺の魂をククジェルにやってくれ」


 終わりを告げるような一陣の風が吹いた。その風がやむとピヨリティスは言った。


「わかりました」



 のぞき見していた7人は後方からあわただしい音が聞こえてきたのを耳にした。


 人の張りのあるきびきびとした声がせわしない足音とともに森の奥まで聞こえてきた。


 7人は顔を見合わせてそのようすを見に行こうとした。ギャズだけを残して6人は声のするほうへ歩き出す。


 森の入り口付近までゆっくりした足取りで向かうと、そこには武装し重火器を持った防衛隊が集まっていた。


 それを見たボリィはあわててギャズを呼びに行った。


 それから木の陰に隠れながら7人はそのようすをうかがった。


「いいか、シマリスを見たら焼き殺すんだ」という男性の威勢のある強い声が聞こえてきた。「この森のどこかにいるはずだ」そう言い終えると「はい」とほかの者が答えた。


 隊員のひとりが言った。


「ほかの小動物はどのようにしましょうか」


「ほかの動物も焼き殺しても構わん。シマリス以外にも妙な力を持った動物がいるかもしれないからな、用心に越したことはない。いいな」


 隊員たちは「はい」と怒鳴るように声を発した。


「よし、かかれ」


 その合図で隊員たちは火炎放射器や猟銃を持ちながら散って行った。


「あなた……」


 ローサはそれを聞いて不安な表情を見せた。


「ああ……出て行こう」


 ラボルはそう答えてそこから歩き出そうとした。「そんな……だめよ……」と小さく声を出したあとリンリーはそこから飛び出していった。


「あっ! リンリー!」


 ラボルが呼び止める前にリンリーは隊員たちのところへ走っていた。


「ダメー!」と言いながら隊員のひとりに駆け寄った。隊員は驚いたが、すぐに冷静になって声をかけた。


「迷子? 危ないからわれわれの後ろにさがってて……」


 隊員は重火器をリンリーに向けないように横へ向けた。それから近くにいた隊員を呼んだ。


「おい! 誰かこの子をほご……」

 

 そのとき「リンリー!」という呼び声に反応して隊員は言葉を止めた。リンリーとふたたび声を上げながらラボルが駆け寄ってきた。そのあとを追ってローサとロビが続く。


「ご家族の方? ここは危険ですから、お子さんを連れてこの森からすぐに出てください」


「ええ、ですが、あの奥に私たちの飼っている子イヌがいるんです。ですからその子を見つけて保護するまで、待ってくれませんか」


 ラボルは隊員に頼み込むようにその道をふさいだ。


「子イヌですか。わかりました、見つけたらわれわれが確保しますので、それまで近くにわれわれのキャンプ場がありますのでそこで待機していてください」


 それから隊員は「おい、誰かこちらのご家族の方たちをキャンプ場まで案内してやってくれないか」と近くにいた隊員に言った。すぐに別の隊員が駆け寄りラボルたちを連れて行こうとした。


 ラボルは「さあ、行こう」と言って、リンリーの手をつかんだ。するとリンリーはその手を振り払いさっきの隊員に近づいた。


「どうして燃やすの!」


 少女の剣幕に戸惑いを見せながら隊員は答えた。


「この森にいる動物たちは、今日起きたシマリスが巨大化するみたいな性質を持っているかもしれない、そうなったら、また町の皆さんが危険な目に会ってしまう。だから」


「だからって、ダメよ!」


 リンリーはさらに近づいて隊員の裾を引っ張る。


「ねえ、お願いやめて! 動物たちはなにもしないわ!」

「離れてください、危険ですから。お父さん、早く娘さんを!」


「あ、ああ」と言ってラボルがリンリーに近づこうとしたとき、シマリスが木の陰から飛び出した。


 それを見た隊員はそのほうへ火炎放射器を向けて放った。銃口から火が勢いよく噴出される。


「きゃあ!」


 リンリーは熱の風圧に飛ばされて尻もちをついた。


「リンリー! 大丈夫か!?」


 それからラボルは隊員に向かっていき、彼を突き飛ばした。


「私の娘になにをするんだ! 危ないだろう!」

「シマリスが、そこに……」


 そう言って姿の見えなくなったシマリスのほうへ重火器を向ける。


「ですから、危ないんで離れてください!」


 木の根元や草が燃え始めている。枯れた葉を焼き木を焼いていく。赤い炎が勢いよく燃え広がっていく。

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