第23話 目覚めた悪魔

「ニャミィ」

「やってきたわよ、あんたを助けにね」

「ぼくのことはいいから、早くここから逃げて」


「そうはいかないのよ、あんたを助けないと、あたしに食いもん……じゃなかった、みんな帰れないんだよ」


 研究員のひとりが実験室内に入ってきたニャミィを見てポーメットに言った。


「博士、ネコが室内に侵入していますが」

「ん?」


 ポーメットは振り向くとそのほうへ目をやった。そこには檻を挟んでネコとシマリスが互いに顔を向けていた。


「放っておけ、ネコ1匹ではなにもできんだろう、それよりガスの準備はできたか?」

「はい」

「では流せ」


 ニャミィはククジェルに言った。


「今度は逆の立場じゃないか、あたしとあんたの。だからいまからそこの鍵を外すから待っててよ」


 ニャミィはそう言って檻の上に飛び乗る。するとそこにガスが流れ始めた。


 ククジェルはそれに気づいてあわてて声を発した。


「ニャミィ! 逃げて、早く!」


「できればそうしたいさ、でも、あんたの不思議な力で本当はもう助かっているはずだろ。もうここから逃げていてもおかしくないだろう、だけど逃げていない、それはなぜかしら?」


「それは……」

「使えないんだろう? あの力を。だからあたしたちがきたんだよ」


 ニャミィはカチャカチャと鍵を前足や牙で外そうとしている。


 ガスの充満していくなか、ククジェルは起き上がり檻から出るイメージを試みた、でも、ガスのにおいと警報の音で集中することができなかった。


「ニャミィ、もういいよ、だからみんなを説得してここから逃げて!」

「ダメだよ、あたしたちは……あんたを……たす……」


 バタッとニャミィがククジェルの前に落ちてきた。その体は動かない。


「ニャミィ! ニャミィ! 目を覚まして!」


 だが、ククジェルの呼びかけにニャミィは反応しなかった。力尽きたように横たわるその白い体。


 あ、ああ……。


 体が震え闇がおおい始めた。


 やめて、もう、やめて……。


 ガルマはククジェルのなかでなにかが起こっていることを察知した。それは強い怒りと憎悪。 

 

 それが次第に大きくなっていく。


「ククジェル、落ち着け」


 ガルマの呼び声にククジェルは反応しなかった。


 ククジェルは思い出していた。収容所に連れて行かれる仲間たち、檻に入れて自由にできない仲間たち。


 仲間たちを眠らせる霧。籠に入れてもてあそぶ者。強きものが弱きものを面白がっていじめる光景。


 そして、害だと知れば容赦なく殺しにくる人間。



 ……やめろ……やめろ……。


 

「ああああああああー!!」



 ククジェルのなかのなにかが弾けた。


 室内が揺れ始めた。研究員たちは驚きながら近くの物につかまり辺りを見まわした。


「な、なんだ?」


 ポーメットは揺れに足を取られながら苦悶の顔をする。


「は、博士! あれを!」


 研究員のひとりが震える指をとあるほうへ向けて言った。そこには檻を突き破らんとするくらい大きくなり始めたククジェルがいた。


「おお、これは……素晴らしい」


 ククジェルの体は大きくなり檻を突き破った。さらに天井に当たるとそれも前足で砕き天井を突き破る。そこからガスが外に流れていく。


「博士! 早く逃げましょう!」

「あ、ああ」


 変なにおいに気づいてルーブはハンカチを口に当てながらビデオカメラを回していた。


 ポーメットたちが建物から逃げると同時にボリィとギャズがハンカチで口を押さえながら入ってきた。


「おいルーブ、早く逃げるぞ!」


 ボリィはルーブの肩に手をのせて急かした。


「え? ええ」


 出る途中でボリィは言った。


「凄い映像が撮れるぞ! 外に出たらカメラを建物の上に向けてくれ!」

「建物の上!? わかったわ、っていうかあんたの仕事でしょ」


 そう言いながらギャズにビデオカメラを渡した。「ああ、そうだった」と言ってギャズはそれを受け取る。


 それから、外に出ると人々は走りながら避難をし始めていた。


「あれだ!」とボリィは建物の上を指さしてながめた。ギャズとルーブも同時にそのほうへ目を向ける。


 そこには巨大化したククジェルがいた。研究所の2倍以上はある大きさになっていて目を赤く光らせていた。


 そのままククジェルは歩き出した。歩く度に地響きが辺りをおおう。


 オウガたちは眠りから目を覚ますと、異変に気づきポーメットたちが出てきたところから室内に入って行った。


 横たわるニャミィを見つけて駆け寄る。


「ニャミィ! 大丈夫か!」


 オウガは声をかけた。その声に反応してニャミィは目を開ける。


「は! ククジェルは?」


 ニャミィが聞くとオウガは答えた。


「さあ、俺たちは霧で眠らされたみたいだからな、そっちは?」

「あたしもさ、鍵を開けようとしたら急にね」


 辺りは壁や天井が破壊されて外がのぞけるようになっていた。


 その向こうに巨大化したククジェルの姿があった。禍々しい背中を見せながら歩いて行く。


「あれは、ククジェルなのか?」


 オウガは言うとニャミィは嫌なものを見るように答えた。


「あーあ、間違いないねぇ、あの赤茶の縞々はククジェルだよ」

「どうしてあんなことに?」

「純粋だからねぇ、切れちまったんじゃないのかい」

「とにかく俺たちでククジェルを止めに行こう」


 動物たちはククジェルを止めに走り出した。

 ククジェルは家を踏みつぶしながらどこかへと向かっていた。


「ククジェル、やめろ! 俺の声が聞こえなのか!」


 ガルマの必死の呼びかけにも反応せずただ一点を目指して歩いていた。


「町民の皆さんは直ちに避難してください」というアナウンスが繰り返し町全体に響いている。


 家から飛び出して逃げていく者。地響きで転んでいる者。人の波にのまれてはぐれる者。


 そういった人たちが叫び声をあげながら一斉に町から避難していく。


「あれを見てください、巨大なシマリスが家を破壊していきます」とリポーターがカメラ越しに言う。


 ラビール家ではリンリーがソファでポニーを抱きながらテレビを見ていた。


「お姉ちゃん、早く避難するよ」

「うん、わかってる」


 素っ気なくリンリーは答えた。ロビは呆れたような顔をしながら横目でテレビ画面を見た。


「スゲー、今度は怪獣かよ」と言って、とたんに笑顔になる。


 ポニーはその映像を見て居ても立っても居られない衝動に駆られた。


『ククジェルが怒っている。止めなきゃ、おいらが止めなきゃ』


 奥のほうではラボルとローサがあわてながら言い合っていた。


「あなた、財布は持った? 非常食は?」とローサは聞いた。「ああ大丈夫、しっかり持ったよ」とラボルはリュックを見せて苦笑する。


「リンリー、ロビ、行くわよ……いつまでもテレビ見てないで! 早くしなさい!」


 ローサのかけ声にふたりは足早に家を出ていった。


「ちゃんと上着は着ているわね」と言いながらローサは子どもたちの服装を確認した。


 全員が外に出るとポニーはリンリーから離れようと体を暴れさせた。


「ちょっと、ポニーそんなに暴れないで、あっ!」


 リンリーはポニーを放してしまった。自由になるとそのままポニーは走り出した。


「ポニー! 待って、どこに行くの!」


 ポニーはククジェルのもとへ駆けて行く。


『止めなきゃ、ククジェルを止めなきゃ』


「待って! ポニー!」


 リンリーはポニーを追って走り出した。それを見たローサはあわててリンリーを止めようと走り出した。


「リンリー!? ダメよ! そっちに行っちゃ!」

「おい! ローサ!」


 ラボルはロビと一緒にローサたちのあとを追った。


 町の人々が逃げていくのと反対方向へポニーは走っていく。


 リンリーは人の波に押し返されながらも「ポニー!」と叫びながら追っていった。



 ボリィたちはククジェルを追っていた。

 あれを撮ればコンクールで賞を取れること間違いないと3人は思っていた。


「よし、カメラをあのシマリスに向け続けるんだ」


 ボリィが言うとギャズは「はい」と答えて、まだ遠くに見えるククジェルにカメラを向けた。


 ルーブは照明をククジェルに向けながら聞いた。


「怪獣ものにでもするの? 監督」

「そうだなぁ、これを活かす手はない、こうなれば怪獣ものでもいいだろう」


 ククジェルは家々を潰していった。前足で屋根を破壊したり後ろ足で踏みつぶしたり。その破片がほかの家の屋根や壁を突き破る。


 それが隕石のように降ってきて地面をエグっていく。それを避けながら逃げ惑う人々。


「ククジェル、やめろ! 落ち着け! 俺がわからないのか、ガルマだ!」


 ガルマの声はククジェルのなかで虚しく響くだけだった。


 苦しみや憎しみがガルマの心を飲みこもうとしている。その痛みや重みに抗いながら声をかけ続けた。


 少しでも気を許すとそれに飲まれてしまい、もう二度と優しい気持ちになれず、許さないと永遠に思い続けてしまうような、そんな悪魔になってしまうとガルマは感じていた。


 オウガたちはククジェルのもとに向かっていた。ライラはオウガに聞いた。


「ねえオウガ、どうやってククジェルを止めるの?」

「とりあえず近くまで行って、声をかけるしかないだろう」

「それだけ?」

「ああ、それが俺たちにできる唯一のことだ」

「わかったわ」

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