第20話 罠
シマリスの話題で持ちきりの町に、沈んだような顔をのぞかせている者たちがいた。
ボリィたちは疲れたようにオープンカフェに集まって昨日の出来事を話し合っていた。
ノートパソコンを開き昨日撮った映像を見ながらボリィはつぶやいた。
「昨日のは一体なんだったんだ」
ブルブルと震える手で注文したカフェオレに手をのばす。
「……さあ」
ギャズは何度も何度も巻きもどしされて流れる映像を見てようやく出た答えがそれだった。
「きっとあれじゃないかしら」
ため息まじりにルーブは言った。
「水の妖怪」
それだけを言ってポテトフライに手をのばした。その手は震えている。
ギャズはカチャカチャとティーカップを持ち上げてコーヒーを飲んだあと、そのままテーブルに置こうとしたが、空中に置いてしまったため地面に落とした。
「あっ!」
パリンッ! とティーカップの割れる音がする。すると、あわてて店員が駆け寄ってきてその場の対応をした。
「すみません」
ギャズは店員に謝ると「いえ、大丈夫ですよ。お怪我はございませんか?」と店員は聞いた。「あっ大丈夫です」とギャズはあわてて答えた。
店員は手際よく割れたものを片付けるとその場を去った。
ボリィとルーブの冷たい視線がギャズに送られる。でもしかたないといったようにふたりはため息をついた。
新しくコーヒーが届けられるとギャズは切り出した。
「あの、監督」
「なんだ?」
「映画はどうするんです。撮影は中止ですか?」
「いや、中止にはしない。まだコンクールまでには時間があるからな」
「では、また森に?」
「ああ、もう少しあの森を調べよう、もしかしたらまだ未知の生物がいるかもしれないからな」
「あのシマリスの仕業では?」
「まあ、それもあるかもしれないな、とにかくもう一度調査しに行くんだ」
少し声を荒げながらボリィはそのパソコン画面を見た。
自分たちは映っていないが、水の化け物の口が開き画面ごと食われる映像が流れている。
疲れたようにルーブは聞いた。
「で、監督。結局どんな内容にする予定なんです?」
その質問に対してボリィは少し押し黙り、それからルーブとギャズを交互に見ながら話しだした。
「昨日の出来事を踏まえて、一応いまの段階での内容はこうだ……」
――数日が経ち、すっかりと木の葉が赤茶に染まって肌寒さを感じる季節になった。
ピアメイトリィの森では平穏な日々が続いた。動物たちは自由な生活を送っている。
怪我をしたり食べ物が見つからない者には、ククジェルが魔法で手を貸すようにしていた。
それは、本当に自分でどうしようもなくなったときにだけ助けるようにしている。
毎回頼みごとを聞いていたら、その者が怠け者になってしまうからだ。
野で生き抜くには多少の痛みが必要だとガルマは言う。
ククジェルは仲間たちに手を貸そうとするとき、その言葉を思い浮かべて魔法を使わないように心がけた。
そんなある日。
「ククジェル、大変だ!」と血相を変えてオウガがやってきた。「どうしたの?」とククジェルはたずねるとキリッと姿勢を正した。
「人間どもが森にやってきて、仲間たちに食い物をやってるんだ!」
「食べ物を?」
「そうだ、みんなその食い物に群がっていて。あいつら食い物に毒でも入れて俺たちを殺す気かもしれねぇ」
「そんな……」
ククジェルは思った。
自分がもっと素直に仲間たちの言うことを聞いていれば、空腹にならずに人間たちが持ってきた食べ物に手を出さなかったかもしれないと。
「ガルマどうしよう」とククジェルは聞いた。「走れ、とにかくそこに向かうんだ。ククジェル」ガルマはそう答えた。
「うん、わかったよガルマ。オウガ、ぼくをそこまで案内して」
「ついてこい」
森の一角の広場に白衣を着た研究員たちがテントを張り居座っていた。
イヌやネコ、そのほかの動物たちが人間の置いた食べ物に群がっていた。
研究員たちは離れた位置で動物たちを見守っていた。
「例のシマリス、あらわれますかね」
望遠鏡から目を離して研究員のひとりが博士に聞いた。その人物は超常現象を専門にしているポーメット博士(70歳)。
彼は丸眼鏡を指で整えながら目を細めた。
「焦ることはない、待っていればきっとあらわれるだろう」
「博士、魔法は存在するのでしょうか?」
「あの映像を見た限りじゃなんとも言えんが、手を加えていなければ本物だろうな。なにかの原因があってああいった現象が起こる。なにもないところで現象は起きない。そこには自然現象のなにかが存在していたんだ」
「それは一体どういった」
「網を突き破る力がシマリスにはもともとあったとか、あの壁の一部分だけが脆くいまにも崩れようとしていた。だから、シマリスの足音の振動がそれに伝わり崩れた。というよななにかがあったんだ」
「では、魔法の可能性は低いと」
「いま言った確率の低い現象がもし起きていたならな。だが、そんな現象は不可能に近い。あれは限りなく魔法に近いモノだよ」
「はあ、なるほど……それでシマリスがあらわれたら、この紐を外せばいいんですよね」
そう言って研究員は紐を軽く引いた。
「そうだ、あのシマリスが助けようと動物たちのもとへとやってくる。おそらくだが話がお互いに通じているのだろう。そこでいったん止まるはずだ。そのときそいつを外せばシマリスは捕まえられる」
そう言ってポーメットは木の上を見上げた。
そこには鉄の大きな籠かぶら下がっていた。その真下には動物たち群がっている。
「あの映像には答えが載っていた。魔法を使うシマリスはほかの動物たちを助けにくるとな」
ふふふと笑いポーメットは不敵な笑みを浮かべた。
オウガのあとについて行く。早く早くと急ぎながら足を動かしていた。
森を駆け抜けていく、ときどき木の根につまづいたりしながら駆け抜けた。そして、急にオウガは足を止めた。ククジェルもそれにならい足を止める。
茂みに隠れながらそーっと辺りのようすを調べた。オウガはある一点を見つめながら小声で言った。
「ククジェル、あそこだ」
ククジェルはオウガの指し示すほうに目をやった。そこには食べ物に群がっている仲間たちがいた。
「みんな」
そう言って飛び出そうとした。するとオウガの体がそれを止めた。ククジェルは跳ね返り地面に転がった。
「待て、あそこを見ろ。人間がいるぞ」
遠くのほうに何人かの人間がいて、食べ物に群がっている動物たちを見ている。
「これは罠だ。お前をおびき出そうとしているんだ」
オウガはそう言ってククジェルの気持ちを止めた。
「どうして、ぼくをおびき出すの?」
「そうりゃ決まってんだろ。魔法だよ。お前の魔法があいつらには珍しいんだ」
「ぼくの魔法が人間たちにバレちゃったの?」
「たぶんな。そうじゃなかったらあいつらはなにをやっているんだ」
ククジェルは思い出していた。この前、仲間たちを助け出したとき人間たちの目の前で魔法を使い逃げ出したことを。
「じゃあ、ぼくがここから出て行けばいいだけだね」
「え?」
「だってぼくの魔法が欲しいんでしょ。だから仲間たちは関係ない。ぼくが出て行けばいいんだ。そうすればみんなが助かる」
「そりゃそうかもしれないけど……」
「ねえ、ガルマもそう思うよね」とククジェルは聞いた。「そうだな、お前がしたいようにすればいいさ。いままでそうだったろ」とガルマは返した。
「うん」
ククジェルは意を決して茂みから出て行こうとすると、オウガはまたその進行を体でふさいだ。ククジェルは突風を起こしてオウガを退かした。
「ごめんオウガ。ぼく、仲間たちを助けてくるよ」
そう言って茂みから飛び出すと仲間たちのもとに向かった。
望遠鏡をのぞいていた研究員がポーメットにあわてて言った。
「博士、シマリスがきましたよ」
「なに?」
ポーメットも望遠鏡をのぞいてそのようすをながめた。
「あのシマリスだ」
「ええ」
「紐を外す準備をしろ。必ず捕らえるんだ」
ククジェルは仲間たちのもとに駆け寄った。
「みんな、早くここから逃げて」
ククジェルはそう言って仲間たちをあおる。しかしその言葉を誰も聞かなかった。みんな夢中で食べ物をあさっている。
「ねえ! 早く逃げないと!」
素早く動き回りながら急かすように仲間たちをそこから離れさせようとした。すると体格の大きいオオカミがうるさそうに返した。
「俺たちはちょうどいい朝飯があったから食べてるだけだ。邪魔するな」
そう言ったのは、元々この森にいたオオカミ(グビル)だった。その黒い毛並みと威嚇がククジェルを怯ませる。
それをきっかけにほかの動物たちも突き返すように言った。
「いくらククジェルの頼みでも、こんなごちそう滅多にないからさ、いいだろ? ちょっとくらい」
ククジェルはめげずにみんなを帰そうとした。
「ねえ、聞いて、あそこに人間たちがいるんだ、なにか企んでるに違いないよ。この食べ物だって、なかになにが入っているかわからないよ」
その呼びかけに動物たちは返事をしなかった。食の魔力にでも魅せられているかのように、一心不乱に食べ物を食べている。
望遠鏡をのぞきながらポーメットは機会をうかがっていた。
そして、ついにそのときがきた。
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